【楽天市場】Shopping is Entertainment! : インターネット最大級の通信販売、通販オンラインショッピングコミュニティ 店長の部屋Plus

日別記事一覧

2016/10/01 19:18

☆大河ドラマ☆
   
《真田丸》
    感想ブログその2でござる!
    (*><*)


   第38回 『昌幸』
      2016.9.25 放映

◇主な登場人物◇
真田安房守昌幸(草刈正雄)・源次郎信繁(堺雅人)
・源三郎信幸(大泉洋)
徳川家康(内野聖陽)・徳川秀忠(星野源)
・本多正信(近藤正臣)

ドラマ内で源次郎殿は 柴刈り籠を
しょっていました。大根じゃないです。スミマセン;
でも少ない収入でやりくりしなくちゃならないし、
出来るだけ自給自足もしなくちゃですよね?ww

真田丸センちゃん(九度山)




☆     ★     ☆




昨日は名前にこだわって少し語ってみました。⇒ 『真田丸』第38回 感想その1

私は文字そのものやモノの名前の意味や由来などが大好きなものですから、
ずっと思っていた事の一部をここで吐き出せて本望でした。読んでくださった方、ありがとうございます!



……今回の「真田丸」で、戦国の傑物 真田安房守昌幸殿が ついにログアウトなされました。

昌幸殿……強烈なお人でしたよね。 そしてやっぱりいなくなっちゃうと寂しいですねぇ。><;


いろいろ「ナイワー」な部分もたくさん描かれてきましたけれど (;^_^A
「真田丸」の真田安房守昌幸殿も、かなりインパクトのある“戦国武将”でした。

草刈さんの、やんちゃでお茶目で魅力的な昌幸殿……素敵でしたね。 お疲れ様でした。(^^)


真田クラスタを自称する私が一番大好きなのは やっぱり幸村殿ですが、

でも真田幸村は確かに英雄として後世に名を残しましたけれど、
実は本当に凄いのはお父さんの昌幸殿だったと思っております。


信之殿が真田家を守り通せたのも、信繁殿が華々しく名を残せたのも
父の昌幸殿の指導と教育、そして身をもって示した生き様があっての事
だと思っております。



「真田丸」の脚本家先生は、多分昌幸殿の事、
とても好きだと思って描いてくださっていたとは思いますが、

最後の最期まで心の底では「武田の家臣」であり、尊敬し続けた御屋形様(=武田信玄)の
姿が昌幸の中の一番揺るぎない部分を支えていた……という印象は私も同感
なので、

昌幸殿の臨終の際に御屋形様が迎えに来てくれた事に関して、大いに嬉しく思いますが、


でも少し、「真田丸」では 昌幸殿の事を「戦略家」「戦人間」という面を強調し過ぎだったかな?とも思います。

統治者(領主)としての昌幸殿の能力の高さ が 残念ながら描いていただけませんでしたね。


私には 昌幸殿は「領主」としての印象の方が圧倒的に強いです。

昌幸殿の戦は武田家臣ではなくなってからは、「領土を守る」為の戦が全てだったと思います。

何度も主家を変えたのも、城に籠って迎え撃ったのも、全て“守る為の戦”ですよね。

侵略されたり奪われたりしなければ、戦なんか本当はする必要がなかったのではないかと
思います。


実際、昌幸殿は領民から慕われていたご領主だったようです。


ちなみに現代の上田市といえば真田氏というイメージがありますが、
実際に真田氏が統治していた時代って、

仙石氏(統治期間1622~1704の82年間?)や藤井松平氏(統治期間1704~1871の167年間?)の時代に比べて
断然短いのですよね。

昌幸殿が上田城を築城した1583年から関ヶ原(1600年)までの17年間、
そして長男の信之殿が関ヶ原から松代転封(1622年)までの22年間で

二人合わせてもたったの39年間です


……で、真田親子のうちでもやっぱり信之殿ではなくて、昌幸殿の印象が強いんです。
(でも沼田はきっと信之殿ですね!)



「真田丸」では“武田の旧領を自分のこの手に取り戻す”という事に随分こだわって
関ヶ原の時の恩賞に“甲斐・信濃 二か国”という事で描かれていましたが……


これは史実?どこかで読んだこともあるような気もするけれど……
でも、昌幸殿がねだったわけじゃ無かったような……う~ん……σ(‐ω‐。*)



昌幸殿が生き生きとしている時は戦の時だけ……なんて、決してそんな事は無かったはずです。

だって、農民にとっては、いくら領土が増えようが、そんな事はむしろどうでも良くて、

大事なのは土地が守られる事、そして安定した収穫が見込めて、
必要以上の税を取られるようなことなどない事の方がよほど重要
でしょう?


昌幸殿は、そういう部分も大切にしたから領民から慕われ
それこそ戦の時には主従一丸となって「侵略者」である徳川を迎え撃ったのだと思います。



で、昌幸殿の統治者としてのお手本は、やっぱり武田信玄公だったと思います。

武田信玄の上洛速度が遅かったのも、旧敵地を搾取するようなことをせず、
戦で荒廃した土地を放置せずに、復興をしっかりと為してから次に進むというように、

信玄公も領民の生活を大切にしたからだという印象があります。

後を継いだ勝頼殿が土豪たちから見放されたのは、そこを丁寧にフォローせず、
領土の拡大を急ぐ戦を続け、

増税を課し、領民に負担をかけたからですよね。


ちなみに、関ヶ原時の第二次上田合戦では 刈田もされたし戦地にもなったし、
やっぱり上田の地は戦後荒廃してしまったようです。

土地を見捨てて逃げ出した領民もいたらしいのですが、

信之殿は、民を呼び戻すために、しばらくの間は無税(またはかなりの減税)にして、
まずは土地の生産力を上げる事に重点を置き、町を復興させる政策を最優先にした……


という話も某テレビ番組で紹介されていました。(知恵の泉だったかなー?うろ覚えスミマセン;)

領国経営は、基本、税収がほとんどすべての収入源となると思いますが、

たとえ自腹からの持ち出しになろうとも、
信之殿は領民の負担をまず減らして、復興に力を注いだらしいです



きっと、北条征伐の時は荒れた沼田を復興させるために上田が頑張り、
関ヶ原では沼田が支えて上田を回復させたのではないかと思うのですよ。

真田氏の統治した信濃の上田・小県、そして吾妻の岩櫃、上野の沼田という
連なる領地は 決して別々ではなくて、

互いに互いが支え合うひとつながりの領土だったと私は思います。

それはすなわち、それぞれを城主・城代として納める真田氏の一族や家臣たちの心が
奪い合い いがみ合うような事は無く、一枚岩だったと言う事
なのではないかと思います。

私は真田愛が強すぎますので(笑)異論のある方もいらっしゃるかもしれませんが、
全くの的外れではないと思っております。(*^^*) 


というわけで、ちょっとダラダラと書きましたが、
昌幸殿は決して“戦馬鹿ではなかった”と言いたいわけで、

昌幸殿が赦免を強く願い期待していたのも、故郷の信州上田の土地柄だけでなく、
そこに住む人々との心の繋がりが強かったからこそ
の事だと思います。


六文銭家紋


息子の信繁殿にとっても確かに上田は故郷と言えるとは思いますが、
(何しろ最初の子供すえちゃんは上田で生まれているようですしネ)

どちらかと言えば長い人質暮らしで京・大阪にいた期間の方が長いですし、

九度山へは家族を伴って赴き、

そこで子供たちもたくさん生まれて居ますから、
(ドラマでは二人しか登場していませんでしたけれど、本当は10人近く生まれています)

豊臣の人質時代と同じくらい、
九度山は信繁殿の“生活の場”であったのではないかと思います。


子供の存在って結構大きいのですよね。(^^)


信繁殿はきっと、昌幸殿よりはずっと気楽に九度山村の人達に
溶け込んだのではないかと思います。

心が通じれば、村人からも罪人扱いなんてされなかったのではないかと思うのですよ。

一応“監視”という名目ではあったかもしれませんが、
村人も見張っている気分でいたのも最初だけ……

その内 普通に“ご近所に住む元お侍さん”になったのではないでしょうか。



もちろん、ドラマの中で信繁殿が息子大助に語った「徳川に二度も勝った誇り」は、

きっと 真田親子と、九度山にまで従ってついてきた
十六人の家臣達の心の内にはあっただろうと思います。(`・ω・´) キリッ



でも、なにしろ控えめで穏やかな信繁殿の事ですから(←史料からの私の想像ww)
それを鼻に掛けたり驕(おご)ったりという事は絶対になかったのでしょう。

村の人たちに溶け込んで、同じように生活して、心を通い合わせて助け合って、
そうやって貧しいながらも 笑い合えるような人付き合いをして……

それがやがて大坂の陣の前の脱出劇につながっていくのだと思います。

(あ、でもどうだろう?それも描き方次第かな?
 左衛門佐が村人を騙して酔い潰れさせ、その隙に逃げた……
 というような描き方をされてしまったら、 この推測はアウトですね。)


そういえば「真田丸」の九度山ではあまり領民たちと心が通い合う様子は描かれませんでしたよね。

どちらかというと、相変わらず“戦国武将がそこにいる”という感じでした。

う~ん、どうなるだろう??
私としては“九度山の村民が、分かっていて騙される振りをして見逃した”という説で描いてほしいと
切に願いますけれど……。



☆以下、ドラマの一言感想~~ww


九度山村での無精ヒゲのはえた堺源次郎殿、カッコよくなりましたよね!!
豊臣時代のこざっぱりした堺源次郎より ずっとイイですわ!(*´∇`*)

したり顔で生意気も言わないし、大声も出さないし、穏やかで地味で(笑)、
史実の真田信繁殿の印象に近いかも!!

(これなら私、惚れてもいいかもしんないwwヽ(=´▽`=)ノw)


一方、前回 戦国女子として凛々しく描いてくれた女性陣は、
また以前の“残念な真田丸女子”に戻されてしまってちょっとがっかりです。

(次回は九度山で女のバトルがあるみたいなんですよね……はぁ~~タメイキしか出ませんわ……)(-。-;)



でも本多正信殿が「真田丸」では予想外に良い人で、(←私には狡猾なイメージが強かったので)
良い意味で期待を裏切ってくれてほのぼのしました。

(やっぱり脚本家さんはイイ人を下げイヤな人を上げる傾向があるんじゃないかな?ww)


子供っぽい真田丸家康殿は、自信をつけた分、いやらしさが増してなんとも……。(;^_^A
それにしてもお若いままで……

(憎まれっ子世に憚るみたいな感じになってきましたね。ww)


本多忠勝殿は、家康殿より本当は5歳ほど若いはずなのですが、
(そういえば昌幸殿も家康より6歳若いんだけど、あの白髪演出は心情的表現??)

なんだか“老いぼれ”とか自称していたし、隠居も認められて(?)今回でお役目終了のようです。

藤岡平八郎殿も かなりインパクトありましたよね♪お疲れさまでした。


……そうだ!秀頼殿の事を語らねば!!ヽ(゚Д゚;)ノ
まあ、なんとも麗しい若者にお育ちになって、まさに“花のようなる…”ですね

でもなんだか立派過ぎて……
頭もよく武芸も達者で度胸もあり、まさに人の上に立つ威厳を備えた秀頼様……が、

大坂の陣で何の役にも立たない甘ったれのマザコン男になるとは思えませんので、ww
ますます「真田丸」での 大坂の陣の描き方が気になります。

ホントにここまで来たら史実も従来の定説も、「真田丸」にどのように作用するのか全く見当が付きませんね。

良い感じに裏切ってほしいなぁ~~~。
私が期待すると大抵 裏切られるのですけれどね~~~~。><;



豊臣・真田・徳川



次回予告でも気になるところがあるんですよ。

兄上と源次郎が会って話していませんでしたか??

信之殿の下に残った腹違いの弟が、九度山の父と兄に差し入れを届けてくれたというような
記述も史実に残されていたような気がしますが、

兄上が九度山に来るなんて、実際には絶対に有り得ないと思いますけど、
(その為に名前まで変えて縁を切ったのだし)

どういうシチュエーションで描くのでしょうね? 気になります。
納得のいく展開だと嬉しいですけどね。




その答えは明日の夜……私はまた録画です。(;^_^A



楽天市場 お買い物マラソン♪
静岡茶舗は全品ポイント10倍です!

ポイント10倍10/1~

家康画家イメージ





緑ハートお部屋でリラックス!
  テレビテレビのお供に緑茶はいかがですか!

青ハート緑茶日本茶の成分、カフェインには
  覚醒作用がありますよ!脳を活性化しましょう!

緑ハートカフェインには疲労回復効果もあります!
  お体ご自愛くださいませ!
  

¥648

¥1360




                              下矢印クリック!スマイル

日本茶美味しさと健康、食卓に笑顔。 静岡茶舗 https://www.rakuten.co.jp/shizuokachaho/

【静岡茶舗 楽天市場店】 店長ブログ→https://shop.plaza.rakuten.co.jp/shizuokachaho/

   緑茶・日本茶・煎茶・深蒸し煎茶・粉茶・粉末茶・べにふうき・紅茶・玄米コーヒー・健康穀物他

最終更新:2016/10/01 20:43

このお店で1週間以内に売れた人気アイテム

ページ上部へ

つぶやき

カレンダー

2016年10月
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

今月