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2016/11/06 20:58

※真田幸村レポート「疾風の如く 掠火の如く(かぜのごとく ひのごとく)」を読んでいただける前に
 下記の“ご注意”をご確認ください。よろしくお願いいたします。

「疾風の如く 掠火の如く」☆読んでいただく前のご注意☆ Attention please!!


※主要登場人物のイメージイラストは こちら ⇒ 「疾風掠火」青年期(後半) 人物紹介

※ここまでの「疾風の如く 掠火の如く」 は こちら ⇒ カテゴリ「疾風の如く 掠火の如く」



☆Report of Yukimura Sanada / by Shizuoka Chaho 1000

《疾風の如く 掠火の如く》



◇Chapter:9 【豊臣の世】◇


9-10-1 「謀反の疑い?」


※自分設定の秀次事件です。ご承知おきください。
やっと先に進む事が出来ました。宜しかったら見てやってください;<(_ _*)>





 文禄四年(1595年)六月。
 
大和中納言秀保が十六歳の若さでこの世を去ってからひと月あまり後、

聚楽第に籠りきりになることが増えた関白秀次が
太閤秀吉に対し、謀反の挙兵を企てているという疑いが大阪城内で噂される様になっていた。

噂とは言え、見過ごす事の出来ない内容であるだけに、ついに七月三日、
その真偽を確かめる為、石田三成・前田玄以らの奉行衆が秀次の元に遣わされたのである。


奉行衆は 前触れもなく 突然 聚楽第を訪ねたのであったが、秀次は真実病床に就いていたらしく、
止らぬ咳に体力を奪われたと見える身体はやや痩せ、生気の無い顔はすっかりやつれており、

謀反を起こそうなどという気力は とうてい持ち合わせていないであろう事は
一目見ただけでも明らかであった。



「……まさか!……何故私が太閤殿下に謀反を働かねばならないのだ!?

(うぐっ……ぐ……ごふっごふ……)

あ……あり得ぬ!全く身に覚え無き事と太閤殿下に伝えられよ。
ぐ……胸が……苦しい。 私は下がらせてもらう……。」

思いもよらぬ事に激しく狼狽し、
持病の喘息による激しい咳で、呼吸さえもままならなくなった秀次であったが、
石田治部少輔三成がその秀次を冷静に押し留めた。


「落ち着かれませ、関白殿下。
 今ここでお逃げになられましたら、自らの罪を認めたことになりますぞ。」

「(ぅぐふ……ごふ…ぅ) ……なん……だと?」


秀次はぜいぜいと苦しげに息を吐き、ぶるぶると震えながらも
必死でその場にとどまる以外に術がなかったのだ。

そして詰問使の奉行たちが読み上げる自分の“罪状”に対して、
一つ一つ 真実の経緯を釈明していったのである。



(こ……これが……過日の失言に対する制裁なのであろうか……
 叔父上の逆鱗に触れたら、私なぞいくらでも 咎人として葬れると……そういう……)


病死した末の弟 秀保の弔いを太閤に願い出たあの日……
絶対に言ってはならない言葉を 秀次は太閤秀吉に対して言ってしまった……。

あれからどれほど謝罪を申し入れても、
もう秀吉は秀次の前には姿を現してくれなくなってしまったのである。



そしてそれから間もなく、途方に暮れている秀次の元から、
それまで秀吉の命で秀次の宿老を務めていた者達が 役目を解かれて転任してしまったのである。

傅役であった筆頭家老の田中吉政(兵部大輔)、
そして中村一氏(式部少輔)、堀尾吉晴(帯刀先生)、山内一豊(対馬守)……

確かに耳に痛い小言も多かったものだが、
経験浅い秀次が秀吉の怒りを買わぬよう 何くれとなく支えてきてくれた四人であった。


(あの場にいた対馬と治部は全ての事情を知っている。

 ……私の代わりに宿老達が責任を取らされてしまったのかと思ったが、そうではなく……
 見捨てられたのは やはり私の方なのかもしれない……いや、そうとしか思えぬ……。)


秀次病床(喘息)



宿老達の解任後、ますます精神不安となった秀次が、
なんとかして秀吉との間を取り持ってくれる存在を探した結果、

次に頼ったのは、朝廷の公家衆であった。

自分の身分は一応関白……帝を支え、補佐する役目なのであるから、決して無関係ではない。
秀吉が公家衆との付き合いをずっと大切にしてきた事は 秀次も承知している。

今後はより一層 自分の理解者となってもらえるよう、
家老たちに相談したうえで、白銀五千枚という多額の寄付を朝廷に献上したのである。


秀次はそれまでにも、秀吉に近い武将たちや、力のある大名たちと、
積極的に交友の場を持ち、誼を深め、

また場合によっては金銭を貸し与えたり、誓詞を交わしたり、
縁者の女子を側室に迎えたりして、

今後の“戦無き泰平の世”を豊臣家の天下で維持していくために、
懸命に手回しをしてきたのだ。


叔父である秀吉は、数々の戦に勝利して一代で豊臣の天下を築いたが、

秀次はどんなに書を読んでも教示を受けても、
戦略など少しも自分の脳内には湧いてこなかったし、

武芸の修練を積んで、自分の武術は向上しても、
戦場において、的確で効果の高い戦術を思いつく事なども 皆無であった為、

自分には叔父の様な武将としての才は無い事を、もうとっくに自覚していたのであった。

ゆえに、自分にできる範囲の事で責務を全うできるよう、最大限に努力してきたのである。


拾が生まれ太閤が大阪へ戻って以後、関白の相談役となった黒田如水が、
再三、「太閤の代わりに関白が名護屋へ出陣するように」と 進言してきたが、

それを断り続けたのも、自分には万を率いる武将としての才覚はなく、
逆にこのような大戦で 戦果を挙げる事無く兵を失うような結果を招けば 

自分の無能を晒すだけでなく、
ますます秀吉の勘気を蒙るであろう事が分かり切っていたからであった。


「それくらいなら、私は此処で、後方の兵站を整える手伝いをした方が余程役に立てる。」

秀次は頑として名護屋に赴こうとはしなかったのである。

加えて言えば、かの戦地でこの世を去ってしまった秀次のすぐ下の弟小吉秀勝の事を思い、
聚楽第に住む母の智(とも)が 涙ながらに引き留めた事も大きな理由であったのだ。



秀次による 大名や公家衆に対する様々な働きかけは、
拾が成長するまでの間に 自分が預かる豊臣政権を、安寧に維持させる為であり、

ひとえに、武将としては凡庸な自分が世を治める為の 必死の人海戦術でもあったのだが……


……それはすべて裏目に出てしまったのだ。



此度の詰問状では、それらが全て“太閤に謀反を働く目的で自分の味方を増やす為”と
解釈されていた。

さらに、秀次が催した茶会や狩りなどに関してまでも、
密室や山に籠って謀反の企みを進めていると 疑われる根拠とされてしまい、

政に関わらない部分の交友関係までも罪に問われてしまっていたのである。



「……その様な事まで……茶席や狩りでの交友が、謀反の企てなどではない事など
 どうすれば証明出来ようか……。」

打ちひしがれる秀次ではあったが、そもそも詰問使として遣わされた奉行達も、
本気で秀次が謀反を起こそうとしているなどと 思っていたわけでは無い。


 真相を知る者は石田治部三成のみである。

その三成にしても、太閤がどの程度本気で秀次を処罰しようとしているのか
真意は掴み切れずにいたのが現状であった。

とにかく一先ず、秀吉の怒りを鎮めなければならない。

単なる噂に過ぎず、逆心が無いならば、
太閤に対して誓紙を差し出すよう 秀次に提案したのである。。



詰問使(三成)





「……誓詞を出せば、太閤殿下はお疑いを解いてくださるのか?」

すっかり蒼ざめた顔で秀次が問えば、三成は冷静に

「それは拙者どもがお答えできる事ではありませぬ。されど、他に手立てはないものと存じます。

そもそも、そのような噂が立つこと自体、 関白殿下の言動がご身分にそぐわぬ証拠と
太閤殿下はお怒りであられます。 よくよく、お心に留めてお慎み下されませ。」

淡々と語り、今後 全てに於いて太閤の意に従って政を行う事を誓うよう
秀次に要求したのであった。


 三成は、秀次が宮部家から人質の任を解かれて長浜に戻ってきた幼少の頃から知っている。

年齢差も性格的な違いもあり、接点は少なかったが、決して嫌っていたわけでは無い。
だが本音を言えば、三成には 秀次がひとりで関白の任を務めきれない事は百も承知であった。


三成の願望としては、秀吉には朝鮮出兵に早い段階で見切りをつけて、
また内政へ目を向け 国内の安寧を保ち、経済を活性化してもらいたいと思っていたのだ。

必死で務めようとしている秀次には気の毒だと思うが、
豊臣が 拾という後継者を得た今、この辺りで関白の座から退いてもらうのが一番いいだろう。

それが秀次の為にもなると三成は信じていた。


この誓詞の提出から 秀次自身が全て秀吉の意のままに動く傀儡となるか、

あるいは秀次自身から自発的に 関白位を返上したいと 秀吉に申し出る事を導き出せれば
秀吉も怒りを収め、淀の方も安心するのではないだろうか。

そして拾の元服を早め、秀吉の跡継ぎとしての立場を早い段階で確実なものとすれば、
きっと、今の秀吉の不安定さも無くなり、

拾が十分に成長するまでは、自分達奉行衆が支えていけば豊臣の世は安泰である。


三成は例の一件で、このままでは秀吉が秀次を許す事は無いという事が分かっている。
ゆえに 秀次がそれを察して、自発的に関白返上を申し出る事を 真実 期待していた。


そして秀次は……

恐れ、悩み、迷い……途方に暮れていたのである。








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やーん><;……秀次殿 可哀想すぎる。・゚・(ノД`;)・゚・



秀次殿は1572年に宮部家に人質(名目上は養子)として送られましたが、

1573年に宮部は秀吉の与力となったので人質の必要がなくなり
その翌年に長浜城が築かれた時には戻されており、

この頃から秀吉に仕官するようになった三成とも、長浜城で一緒に暮らしていた可能性があります。

しかし、秀次はそののち、今度は三好家に養子として送られますので、
二人は年齢も8歳離れていますし、それほど接点はなかったのではないかと思います。
(子供の8歳差って、大きいですよね。)


三成殿は、秀吉の命じるままに粛々としたがって行動してはおりますが、

「誓詞を差し出し、謀反の意は無い事を証明する」というのは

私には 秀吉からの指示ではなくて、奉行衆(三成)の提案のように思えましたので このようにしてみました。
(実際はどうなのかわかりませんけれど)


少なくとも、この段階の三成殿としてみれば、「秀次失脚」の図は先に見えていたけれど、
切腹及び一族皆殺しの制裁は予想もしていなかった……のではないかと思います。


秀次殿は既に 恐怖で冷静な判断力は無かったのかもしれませんが、
秀吉が自分を邪魔に思い、表舞台からの抹殺を意識していることは感じていた……


……けれど、自分から関白の座を逃げ出したくても、その気持ちを押し留める動機があった……
という設定でイメージしております。



かなり秀次殿を贔屓して書いておりますがww、その辺りは次回(?)に書きたいと思っております。

遅くても次の週末までにはアップさせていただきます。m(_ _)m





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最終更新:2016/11/06 20:58

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