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2018/08/15 10:26

ELLEGARDENと私 その3
(過去記事はコチラ→ その1 その2

こんにちは。GRANDEY BASS TOKYO 立崎です。

いよいよ本日、早くもツアー最終日にして最大キャパ、マリンスタジアムですね。

高まるテンションに乗せ、一気に数年間を振り返りたいと思います!


・2004年
『BRING YOUR BOARD!!』での予感が確実に確信に変わった『Pepperoni Quattro』をリリース。物凄いスピードで知名度、評価が上がっていった時期です。

前回もちらっと書いたO-EAST再演を軽くソールドアウト、年末には更にスケールアップして渋谷AX(今はなき大型ライブハウスで2000人以上収容可能)ワンマンとライブのスケールもどんどん大きくなって行きました。

この時点で既に楽器業界にも彼らの名前は鳴り響いており、細美さん&ウブさんがHughes & Kettnerのアンプを使い出したり、高田君がELIXIR弦をエンドース(私が紹介したはず。。。)したのもこの時期かと思います。

この頃ウブさんから「〇〇(某有名ギターブランド)から使わない?って言われてるんだけど、どう思う?」と聞かれ、「ウブさんならきっとこの後もっと良い話しが出てくるだろうから、無理して契約とかしなくてもいいんじゃない?」と話していました。まさか後々、世界のGibsonからシグネーチャーモデルが出るとはこの時は想像していませんでしたが・・・。

この年はライブ日程のタイミングが合わず、ちゃんと行けたワンマンは前述した年末の渋谷AXのみだったかと思います。友達のバンドが演奏する会場としては、ありえないくらいのビッグスケールで相当ドキドキしながら開演を待ちました。
が、そこで行われたのは、何のギミックもない、良い意味ていたって普通のロックバンドのライブ。特に背伸びをしようともしない、等身大の、でも周りから頭3つ分くらい飛び出した抜群のクオリティ、スケール感のライブ。

この年の後半に彼らがリリースした名曲『Missing』は、パンク/メロコア的に見られていたバンドのイメージをグッと広げつつ、古くからのファンには「芯は変わってないよ」と伝え、更に新しい表現を手に入れた、存在自体が強いメッセージを放つような楽曲でした。その名曲を引っさげて行ったAX公演、DVD化もされていますが、一歩ずつ登ってきた階段が、急激に広く大きくなった事を感じさせる名演でした。

前回も書いた通り、この時の打ち上げでは既にメンバー全員と普通に話していた記憶があるんです。ということはその前に知り合っているはずなんですが、全く思い出せません 笑。
もちろん高田君以外のメンバーはまだそこまでフランクな関係では無かったんですが。。。

ウブさんとの一番古い記憶で覚えている記憶、休憩時間に昼食を買おうと駅の方に向かうと、向こうから偶然ウブさんがテクテク歩いて来たんですね。ウチの店に来たわけでは無かったんですが。
立「あ〜〜」
生「おーー」
というすれ違い時特有の適当な挨拶をしたのが一番古い記憶です(その時点で面識あるのに、その前に話したのがいつかを覚えてないという 笑)。

このAXライブ覚えているのが、その中打ち(会場で行われる挨拶的な打ち上げ)でのメンバーの会話。
この日、当時かなり人気だった某芸能人が来ていたらしんですね。

「〇〇来てたらしいよ」
「マジで!?」
「どこどこ?」
という会話が打ち上げ中に交わされ、その後「もう帰っちゃったらしいよ」という時のみんなの落胆ぶり 笑。
もちろんそれ自体がジョークの範囲なんですが、スケールが大きくなってもメンバーのノリが変わらない事に嬉しくなったのを覚えています。


更にその翌日、感動を抱えつつ仕事に戻り店頭に立っていると、昼過ぎにあの男が普通に来たわけですよ。
高田雄一が 笑。
昨日2000人の前で喝采を浴びていた男がしれーっといつものようにご来店なわけです。
つい声に出して「なんでいるの!?」と言ってしまいました 笑。

立「昨日打ち上げとか無かったの!?」
高「あったんですけど、地方から友達が来てくれてて、今日帰るんで見送りに行った帰りに寄ったんですよ。」

当たり前ではあるんですが、あまりにもいつも通りの高田君に、実はかなり嬉しくてなんか泣きそうになってしまったんです。
ノリは変わらないといっても、一気に人気も出てるし、きっと今後はもっと大きくなって遠い存在になっちゃうのかもな・・・という思いもあったので。
それも嬉しいことではありつつも、(勝手に)少しだけ寂しい気持ちもあった中での、いつもの高田君の感じが嬉しかったんです。

良いライブだったね〜。でもいつものように「How We Used To Be」にブレイクずれたね〜、等の笑って昨日の感想を話しました。
(各ライブDVDでも確認出来ますが、あの部分、高田君はズレてません。煽りまくる他メンバーがズレてる。でも何故か高田君のせいにされる 笑。)

「この楽しい日々がいつまでも続けばいいなぁ」と思っていました。


・2005年
前作からの勢いを持って『RIOT ON THE GRIL』をリリース。ここで完全にブレイクと言ってもいいでしょう。
一般レベルの知名度も急上昇、今まで社内でも私を含めた極一部の担当スタッフ(高橋さんも当時からドラムステーション秋葉原の常連様でした)以外には「?」という存在だったのが、皆さん手のひらを返したように応援しだした時期ですね 笑。もちろんそれは良い事で、今でも社全体でメンバーを応援/サポートしている環境はこの頃整ったかと思います。

ウブさんがVHTのヘッドを使い出したのもこの頃。エルレ中期〜NCIS前半までメインアンプとして使用していた、トレードマークのアンプヘッド。今回の復活ライブ用のリハ時の機材がインスタにアップされてましたが、その中にこのアンプが!懐かしくて嬉しくなりました。実はこのアンプの導入時、私が輸入代理店(SadowskyやCAEで有名なオカダインターナショナル)に紹介し、メーカー社内スタジオでの試奏に同行したんです。

当時から今でも変わらない彼のイメージは「音を出すのが本当に上手い人」。しっかり抑えてしっかり弾くという根本かつ究極のスキルで、芯のあるサウンドをちゃんと出せる、若手(当時はお互い20代!)にはあまりいないタイプのプレイヤーでした。

なのでアンプの試奏もある意味楽です。出したい音や使いたい操作性のイメージがしっかり具体化されているので。VHTは当時の彼のイメージにぴったりだったと思います。

更にこの頃、長くメインとして君臨し、後のシグネーチャーモデルの原型にもなったGibson ES-355も使用し始めた頃ですね。今までのワインレッドから精悍なブラックに変わり、ウブさん自身のギタリストとしての評価も強烈に広がって行きました(一般レベルのみならず、プロに明らかなフォロワーが多数いるというのは凄いことだと思います)。

ちなみに話は前後しますが、細美さんも今でも愛用しているDIEZEL HERBERTを導入したのは翌年2006年頃のはず。これもイケベ経由でご購入頂いたのですが、その頃(というより出会った頃)からずっと彼が言い続けてることは、
「当たりのMarshallにいつか出会いたい。無理やり改造したりするんじゃなくて、自然に自分にしっくりくるものがきっとあるはず。いつか欲しいな。」
というアンプ論。自分の納得する一つのものにこだわる細美さんらしい意見ですね(ライブ用メインとしてはHERBERTも一つの理想なんだと思います)。

この年、遂に日本一大きなライブハウス、ZeppTokyoを完全ソールドアウトで制覇。
更に秋にはエルレらしい爽快感と良い意味のマニアックさがミックスされた名曲『Space Sonic』を発表。
年をまたいだ大規模ツアーも大盛況と更に勢いを増して行きます。

が、シングルリリースの遅延や、ライブでのトラブル(DVD『Doggy Bags』にそのまま収録されている演奏中断)などから
急激なブレイクの上昇気流に、少しづつ少しづつ不穏な空気が入ってきた事を薄々感じつつメンバーに接していた気もします(メンバー間の不仲とかではないですよ)。


・2006年
ライブの演奏クオリティは右肩上がりで上昇しつつも、昨年から感じつつあった不穏な空気が一気に表に出てきてしまったのはこの頃。
一気に変わる周りの風景に、自分を保ちつつ、ハイクオリティな作品を作り続けることの重圧は端から見ていても感じるほどでした。

昨年に続き、新譜のリリースが押してしまい、ツアー初頭に間に合わなくなってしまいました。
ただその甲斐あって、ぶっちぎりの名盤『ELEVEN FIRE CRACKERS』が完成。
その時の無敵感は本当に凄まじいものでした。(個人的にもダントツのNo.1アルバムです。)

彼らとの歴史の中でも最も強く印象に残っている出来事がこの頃ありました。

制作が押し、リリースが延期となってしまったアルバム、それもこの期日までに終わらないとまた延期になる!という絶対の締切日。
ギリギリで完成したその日は、そのままライブの日でした。
10月6日、横浜ブリッツ(ここも今は閉館)にてSTOMPIN’ BIRDのイベント、マキシマム ザ ホルモンとスリーマン。
これまた脱線しますが、こちらも当店の強力な常連様であるホルモンも、エルレとの対バンでメンバーに紹介してもらったのが始まりなんです。
なので彼らももう10年以上の付き合いになりますね。

ライブ後に聞いた話ですが、そのギリギリ締め切り日、細美さんは朝まで徹夜で作業をしていたそうです。
ライブ中、演奏や歌には出さずとも、MCでは若干浮き足立った不思議なテンション。

終演後、楽屋に挨拶に向かうとウブさんが「細美さん、もう寝ちゃったんだよー」との事。
本当に、本当に出し切ったんですね。

滅多に人を褒めたりしない(メンバーなんてもってのほか 笑)高田君がこう言ったんです。
「細美さん、あの人は本当にすごいよ。やり遂げたもん。凄い人だ。」

活動休止発表時、「仲悪かったの?」と良く聞かれましたが、メンバー間には強い信頼関係があったと思います。
そりゃ大人が真剣に向き合ってるんだから、ある程度の意見の相違や衝突はあったとは思いますが、単純な仲良し関係をはるかに超えた、メンバー4人にしかない深いつながりは確実にありました。
少なくとも誰かが誰かの事を一方的に悪く言ってる事は一度も聞いたことがありませんでした。
(だからこそ休止せざるを得ないという判断になった時に重く感じたのです。)

その後、リリースを待たずに(間に合わずに)開始された全国ツアー序盤の東京スタジオコースト。
既発の定番曲で進む鉄壁のライブに、唐突に新曲「Fire Cracker」をプレイ!
演奏後、細美さんがいたずらっぽく「新曲でした!」と言った時のあの無敵感。
あの時、ELLEGARDENは日本最強のバンドに上り詰めたんだなと感じました。
比喩ではなく、リアルに鳥肌が立った瞬間。

実際その後リリースされたアルバムは、インディーながら当然のように総合チャート一位を獲得。
本当に名実ともにNo.1になったんです。

このライブとリリース時の高揚感は本当に忘れられません。
本当に誇らしかった。
この時も思ってしまいました。
「この楽しい日々がいつまでも続けばいいなぁ」

彼らの側で少しでも貢献出来ることがあるという事が、大げさに言えば生きがいのように感じていました。


この後、最大規模の幕張メッセ、名もなき全国ツアー、そして活動休止へと進んで行きますが、復活ツアーファイナル前にはここまで。
書きながら、もう10年以上前なのに昨日のことのようにリアルに思い出すことが出来て、正直ちょっと戸惑ってます 笑。


今日、自分はどんな顔で、思いでライブを見るんだろう。
色々こみ上げるものはあるとは思いますが、とにかくひたすら楽しもうと思います。


※毎度言い訳ですが、思ったより当時の写真がありません 笑。これはだいぶ最近、昨年セミナーイベント開催時のもの。
この時はNCISの歴史をギタープレイで振り返るという内容でした。いつかエルレ版も出来たらいいなー。
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最終更新:2018/08/15 10:26

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