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2018/11/09 22:32

「偽の黙示録」イスラエルに第三神殿の予兆となる赤い雄牛が生まれる?、死海に魚が生息し、嘆きの壁に蛇が出現し、人々が終末の予兆だとざわめく中で思うこと

11月6日のアメリカのメディア記事より
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次々と出現する「予兆」の意味

最近、主にイスラエルで、「終末の予言のしるしとして聖書に描かれている」と言われるようなことが立て続けて起きておりまして、それが話題となっています。

その3つというのは、

・イスラエルに2000年ぶりに「赤い雄牛」が生まれた?

・死海に魚が生息していることが確認された

・嘆きの壁にヘビが出現した


ということなんですけれど、一番最初の「赤い雄牛」については何だかよくわからないかもしれないと思うのですけれど、これは2ヵ月くらい前のメルマガで取りあげたことがあります。

そのメルマガのタイトルは、『第三神殿再建のためにイスラエルが作り出した《人為的な神のシンクロシティ》は終末の予言を成就させるか』という物々しいものだったのですけれど、この赤い雄牛の意味は、イスラエルのラビ(ユダヤ教の宗教指導者)たちの間では、

「第三神殿の建設の前には、赤い雄牛が生まれることが絶対必要とされていた」

というものなのです。

ユダヤ教の聖書である「モーセ五書」の注解の書「ミシュナー」には以下のように記されています。

ユダヤ教の書「ミシュナー」より

10番目の赤い雌牛は主であるメシアの手によって出現することになるだろう。これは神の意志である。


つまり、赤い雄牛は「神の意志により出現する」とされているもので、それが出現すれば、イスラエルは「第三神殿を建設する時期がやって来た」と宣言できるのです。

第三神殿の建設というのは、以前の神殿(第二神殿)が破壊されたときからのイスラエルの悲願でもあります。

なお、その第二神殿はいつ破壊されたかというと、「約 2000年前」でした。

そして、イスラエルで今年 9月に「赤い雄牛」が生まれたのですが、「その前」はいつだったかというと、これも「約 2000年前」なのです。

このことに関しては、9月の初めに海外で広く報じられていました。

下は、9月の英国の報道です。

9月10日の英国サンの報道より
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ところが……。

実際のところを書いたのですが、この出来事は、「イスラエル政府によって作られた奇跡」なのです。

これは別に陰謀論でも何でもなく、イスラエルの新聞に普通に書かれてあったことですが、この赤い雄牛は「イスラエル政府のプログラムにより、研究所で3年間かけて開発された牛」なのです。

その記事もわりと興味深いですので、後でご紹介しますが、そこには、

> 今から約 3年前、神殿研究所は、イスラエル政府のプログラムのもとで赤毛の牛を育て始めた。

とあり、そういう意味では、「生まれて当たり前」なのでした。

そのあたりから考えていきますと、他の2つの予兆と騒がれている、

・死海に魚が生息していることが確認された

・嘆きの壁にヘビが出現した


も何となく、いろいろと思うところがあるような。

というか、ヘビはどこにでも出るでしょうので、これを終末と結びつけて考えるのは論外として、「死海の魚」は、仮に本当に生きている魚の群れが確認されたのになら、確かに大きなニュースだと思います。塩分濃度が高すぎて、本来は死海に魚は生息できないのです。

しかし、「死海にたくさんの魚がいる」と主張して「証明した」と述べているのは、イスラエルの1人の写真家と、何人かのイスラエルの科学者だけなのです。

死海での魚の群れと主張されている写真
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ちなみに、現在、死海は「シンクホールだらけ」となっていまして、そのほうがずっと終末的な話なのですが、そのシンクホールのほうに魚がいたと主張されています。

2013年時点で、死海のイスラエル側だけで「 3000個のシンクホール」が存在していますが、それについては、2013年の以下の記事で取りあげたことがあります。

・現世人類の登場と共に現れた「死海」が、多発するシンクホールに飲まれて消滅しようとしている
1980年代に死海に最初のシンクホールが確認された後、1990年代には 40個。そして、2013年の現在はイスラエル側だけで 3000個のシンクホールが存在
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▲ 平均して毎日1個ずつのシンクホールが開き続けている死海。現在では死海周辺に 3000個のシンクホールが開き、死海の消滅は時間の問題だとされています。Daily Mail より。

英国のデイリーメールで見ました、「死海の周囲がシンクホールでボコボコになっていて、死海が消えつつある」という報道をご紹介しようかと思います。

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「死海が枯渇しない限り時間はある」

死海は下の「A」の位置にあります。
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イスラエルとヨルダンが東西にあり、周辺もシリアなど話題の多い場所ですが、このあたりは聖書とのゆかりの強い土地であるようです。

2012年04月の記事で

・「死海の枯渇」についての報道が西欧と中東で相次ぐ理由
 2012年04月13日

(訳者注) 数日前から、海外では「死海の水位が下がり続けている」ことに関してのことがわりと多く報じられています。死海というのは、アラビア半島北西部に位置する塩の湖で、西側にイスラエルがあります。

その死海が枯渇し続けているということ事態は今に始まったことではないのですが、ここ数日でわりとニュースで目につくことに気づきます。

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▲ 1972年から2011年までの衛星から撮影した死海の写真。黒い部分が深い部分で、青い部分は水深の浅い部分。つまり、青い色がどんどん増えているのは、水深が浅くなっていきていることを示しているようです。

日本語などではまったく見ない報道で、どうして、海外ではこのことにこんなに反応するのかということについて、メッセージ・トゥ・イーグルというサイトの記事を見て、その理由が何となくわかりました。この「死海」は「聖書」と深く関係がある場所みたいなのです。

メッセージ・トゥ・イーグルによれば、聖書の「エゼキエル書」という中の47章に、「死海が枯渇しない限り時間はある」と書かれている下りがあるのだそうです。

日本聖書協会の訳によると、このような下りです。

エゼキエル書 47章 8-10節

彼はわたしに言った。「これらの水は東の地域へ流れ、アラバに下り、海、すなわち汚れた海に入って行く。すると、その水はきれいになる。

川が流れて行く所ではどこでも、群がるすべての生き物は生き返り、魚も非常に多くなる。この水が流れる所では、水がきれいになるからである。この川が流れる所では、すべてのものが生き返る。

漁師たちは岸辺に立ち、エン・ゲディからエン・エグライムに至るまで、網を広げて干す所とする。そこの魚は、いろいろな種類に増え、大海の魚のように非常に多くなる」。


さて、この「死海」。

私はおおまかな場所以外はまったく知りませんので、そのあたり少し調べていると、いろいろとおもしろいこともわかります。

まず、死海の伝説についてですが、Wikipedia にはこのようにあります。

旧約聖書のソドムとゴモラは神が硫黄の火で燃やしたと伝えられるが、一方での廃墟は死海南部の湖底に沈んだとも信じられている。

そもそも、この「ソドムとゴモラ」とは何なのか。

とりあえず、Wikipedia のソドムとゴモラを見てみますと、こうありました。

あ、町の名前なんだ!注意「ソドム町とゴモラ町と見て下さい。」

なぜその町が天からの硫黄と火によって滅ぼされたのかというと、続く説明では、こうあります。

古来、『創世記』19章前半、の内容から推察して、甚だしい性の乱れが最大の原因であったとする見解が一般的である。「簡単に言うとゲイとレズ町だった」

「ソドム」という名は新約聖書の上にも出てきたエゼキエル書にも少し書かれています。

聖書 エゼキエル書 16章 49-50節

お前の妹ソドム「町の名」の罪はこれである。彼女とその娘たちは高慢で、食物に飽き安閑と暮らしていながら、貧しい者、乏しい者を助けようとしなかった。

彼女たちは傲慢にも、わたしの目の前で忌まわしいことを行った。そのために、わたしが彼女たちを滅ぼしたのは、お前の見たとおりである。「貧しい者、乏しい者を助けた人は、処刑された為」

今回は、実は「死海は12万年前に完全に枯渇していた」ことがわかったというニュースのご紹介です。つまり、その頃は、死海には水がまったくなかったようです。

Dead Sea almost dried up entirely 120,000 years ago
DNA (米国) 2012.04.11

死海は 12万年前には完全に枯渇していた

最後の間氷期の約 120,000年前に、死海にはまったく水がなかったことが、最近の掘削プロジェクトの調査により判明した。

このプロジェクトは、テルアビブ大学(イスラエル)の研究者たちによっておこなわれ、そして、この調査によって、死海はこの 200,000年間の間に、その水深が数百メートルも上下していたこともわかった。

テルアビブ大学のミネルヴァ死海研究センターを率いる地球物理学者のズビ・ベン・ アブラハム教授と、イスラエル地質研究所のモルデカイ・スタイン教授たちが中心となり、プロジェクトでは、死海の海底 460メートルを掘削した。そして、死海の海底の 20万年間の沈殿物を採取し、今回の調査結果を導いた。

今回の調査結果は、過去の地球の気象の状態を明らかにするだけではなく、今後の地球の気象変化の将来の研究にも役立つ可能性もある。

この 20万年の間では約 13,000年前にも死海の水は極めて現象したが、その前の約 120,000年前の枯渇では、水がほとんどなくなっていたことがわかった。

死海の湖面は、海抜のマイナス426メートルに存在している。そして、現在も死海の水位は下がり続けている。

という記事を書いたことがあることを思い出しましたが、その記事を見ると、死海はこの数十年、一貫してその水深が浅くなっていて、つまり、枯渇し続けているようです。そして、ここに来て、どうやらそれが加速しているようなのです。

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▲ 1972年から2011年までの衛星から撮影した死海の写真。黒い部分は深い部分で、青い部分は水深の浅い部分を示しています。青い色がどんどん増えているのは、水深が浅くなっていきていることを示しています。

ところで、上の過去記事には「 12万年前には死海の水はなかった」ということが判明したことが書かれています。

つまり、その 12万年くらい前から死海が出現し始めたと。

12万年くらい前というのは、大ざっぱにいえば、ミトコンドリア・イブなどと呼ばれている「現生人類の最も近い共通の祖先」の女性が地球上に現れた頃でもあり(正確には 16万年前プラスマイナス 4万年とされています)、むりやりこじつければ、「死海の水が出現し始めた頃に、地上に現世人類が現れた」というような時間軸ともなっていて、そこからさらに「超こじつけ」て言いますと、

・死海の水が消える時、また現世人類は消えていく

という未来の時間軸をふと思ったりした次第でした。まあ、そんなことはないでしょうけれど、いずれにしても、今、死海が消えつつあることは事実のようです。

今回はデイリーメールの記事をご紹介しますが、もともとは「モーメント・マガジン( Moment )」というアメリカの雑誌の記事にあったものようです。

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モーメント・マガジンというのが何だか知らなかったので調べてみますと、英語版の Wikipedia にありまして、アメリカ在住のユダヤ人のための雑誌だそう。

死海の枯渇はユダヤ人の人たちにとって、とても気になる現象のようです。

それでは、ここから記事です。

Will the Dead Sea be eaten by sinkholes? Huge chasms are appearing in the region at a rate of one per day
eaten-sinkholes-Huge-chasms-appearing-region-rate-day.html
Daily Mail (英国) 2013.09.18

死海はシンクホールに食べられてしまうのだろうか。巨大な裂け目が毎日1個の割合で死海周辺に出現し続けている

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死海はシンクホールが原因となり、1年間に1メートルの速度で干上がり続けている。イスラエル側の死海周辺には 3000個以上のシンクホールが存在する。 1990年代には 40個だけだった。

死海が信じられないほどの速度で干上がっている。
そして、そこには巨大な割れ目が残される。

これらの割れ目は、大規模で壊滅的なシンクホールの中に出現し、これは死海全域で増えている。専門家によると、シンクホールは現在、1日に1個の割合で出現しているが、しかし、いつどのように出現するのかは予測しようがないという。

モーメント・マガジンの推計では、イスラエル側の死海の周辺には 3000個のシンクホールがあることが示された。シンクホールが最初に出現したのは 1980年代だったが、その後の 1990年代でも 40個のシンクホールが確認されただけだった。

シンクホールの増加は、年間1メートルのペースで死海が干上がっていることと直接関係している。

シンクホールは、土地の下が下降して穴が開くときに、基本的には丸い形状で土地が陥没する現象だ。死海の土地の下降は淡水と塩分の地価での反応の結果として表れる。過去数十年にわたり、増加する人々が死海に水を引き入れ続けた。これは塩を溶解し、地下により多くの空洞を作る原因となった。

死海の枯渇を防ぐ一つの解決策としては、紅海と死海のいずれかを結ぶ運河を作ることだ。しかし、環境保護論者は、これを行うと、死海の終わりをもたらすかもしれないと警告する。

専門家たちは、今よりもさらに死海の窮状を強調して訴え、そこから最善の解決策を探ることがが必要だと主張している。

この「死海と終末」に関しての聖書の下りは、旧約聖書「エゼキエル書」の以下の部分のようで、「この世の終わりには、死海が生き物が生きられるきれいな水になる」とあります。

エゼキエル書/ 47章 08-09節

彼はわたしに言った。「これらの水は東の地域へ流れ、アラバに下り、海、すなわち汚れた海に入って行く。すると、その水はきれいになる。

川が流れて行く所ではどこでも、群がるすべての生き物は生き返り、魚も非常に多くなる。この水が流れる所では、水がきれいになるからである。この川が流れる所では、すべてのものが生き返る。


現在、こういうような様々なことがイスラエルで続けて起きている、ということが、欧米などでさかんに報じられているのですけれど、私自身には、

「作られた黙示録」

という概念が最近強くあり、こういうものは、真実のシンクロニシティではないと感じています。

とはいっても、私自身、この世の終わりというか、世界の大きな転換の時期はそんなに先のことではないと思っている人間でもありますけれど、それは「イスラエル中心のものなどではない」とは思います。

冒頭のメディアの記事は、最近のそれらの出来事を簡単にまとめていますので、ご紹介します。

その後で、さらに関係の報道などを付記します。

ここからです。

The End Of The World Is Nigh And Bible Scholars Believe This Freaky Trio Of Signs Proves It
inquisitr.com 2018/11/06

世界の終わりは近く、それは「異常な三つの兆候」によって証明されていると聖書研究者たちは確信している

この数ヶ月、世界の終わりとキリストの再臨について聖書で述べられている予言と関連しているかもしれない奇妙で信じがたい兆候が3つ連続して出現している。

人々が「世界の終わり」について、取り憑かれたように夢中になる時代が続いている。

何世紀にもわたり黙示録に関する多くの預言が世界のいたるところから出現し、ときには大きな話題となり、また消えていく。

しかし、今、 2021年に世界が終わることを確信している人たちが増えている。

英国のメディア「ミラー」は、以下のような兆候がそれを証明していると人々が確信していると報じている。

最初に起きたことは、最近、イスラエルで「赤い雌牛が生まれた」ことだ。

これだけだと何の話かおわかりにならない方も多いかもしれないが、イスラエルでは、 「赤い雌牛の誕生」は、聖書のこの世の創造の始まり以来の「時代の終わり」の予測において定期的な象徴だった。

赤い雌牛は、明らかに「世界に聖書の純潔を復活させるという約束をもたらす」とされている。

イスラエルでは、エルサレムの第三神殿の建設が始まる前に、赤い雄牛が生まれ、それが神殿に生け贄に捧げられるとされているのだ。

主流派のユダヤ教の人々は、過去エルサレムの二つの寺院が破壊されたため、ユダヤ人の救世主が来る前に三つ目の寺院を再建する必要があると述べる。

神学者たちの中には、第三神殿の建造は、審判の日またはアルマゲドンを予言すると確信している人たちも多い。

イスラエルの報道によれば、生まれたその雄牛は、ラビたちによる判定で、赤く「まったく傷がない」として、聖書の預言の要求を満たすものだったという。

その次に起きたことは、「死海で魚が発見された」ということだった。

死海は、その高い塩分濃度から、魚類の生息は確認されていない。しかし、最近、イスラエルの科学者たちは、死海のシンクホールの発生エリアにおいて、多くの魚たちが生息しているのを発見したと主張している。

イスラエルのフォトジャーナリストであるノーム・ベデイン(Noam Bedei)氏は、イスラエルのメディアに、死海の水域は「まったく死んでいない」と主張し、「世界8番目の不思議だ」と述べた。

ベデイン氏は、以下のように言う。

「かつて聖書の時代に呪われていた場所である死海で、シンクホールを探せば、水が溜まった場所に魚群を見ることができるのです。これは、エゼキエルの預言を成し遂げている事象です」

エゼキエルは、旧約聖書の「エゼキエル書」に出現する司祭であり預言者だ。その預言には、この世の終末のときには、死海に生命が繁栄するとあり、この世の終わりの前に、「死海の水がきれいになり、生物たちが生き返る」とされている。

第三番目に起きたことは、「蛇の帰還」だ。

先週(11月の第1週)、イスラエルの「嘆きの壁」に蛇が這い上がってきて、信者たちは祈りを中断した。

そして、多くの信者たちは一様に不安になった。

ユダヤ教の最も聖なる場所のひとつである嘆きの壁から、このような爬虫類が出現するということは、多くのユダヤ教の研究家に信仰の跳躍をもたらした。すなわち、エデンの園でアダムとイブを誘惑した蛇と平行して考えられているのだ。

イスラエルのニュースサイトによれば、おそらく、この蛇は、単に冬眠の前にエサを探して、巣から出てきただけだろうとしているが、この嘆きの壁での蛇の出現ということを、「この世の終わりの兆候だ」と確信している人々も多いという。

ここまでです。

「嘆きの壁のヘビ」は、以下のような状況だったようです。

「嘆きの壁」に出現したヘビ
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そして、先ほどもふれました、「 2000年ぶりにイスラエルで誕生した赤い雄牛」の「現実」をご紹介します。

イスラエルの 9月5日の報道です。

救世主の予兆:イスラエルに赤い雌牛が生まれる

Harbinger to Messiah: Red Heifer Is Born

エルサレムの神殿研究所が行っていた「赤い雄牛プログラム」がついに成果を出すことに成功した。

9月上旬、完全に赤い雌の子牛が生まれたのだ。

これにより、ソロモン第三神殿の建立計画を再度確立し、寺院再建へ向けての最終段階への道が開いた。

今から約 3年前、神殿研究所は、イスラエル政府のプログラムのもとで赤毛の牛を育て始めた。

イスラエルには生きている牛の輸入を制限する法律があるために、神殿研究所は赤いアンガス牛の凍結した胚を輸入し、イスラエルの牛にそれを移植した。それにより妊娠した牛たちはイスラエル各地の飼育場で飼育された。それらの牛は今年の夏、何頭かの仔牛を誕生させた。

その中に、今回生まれた「完全に赤い雌牛」がいた。

赤い雌牛の出生から1週間後、生まれたばかりの赤い雌牛はすべての聖書の要求を満たすとしてイスラエルのラビたちによって認定された。今回、自然な出生から生まれた雌牛は、完全な赤い色を持ち、また、いかなる労働のために使用されたことがあってはいけないという条件も備えている。

ユダヤの伝説では、人類史上において十頭の赤い雌牛が救世主時代を導くとされている。


ここまでです。

記事に出てくる神殿研究所というのは、第三神殿の再建を目的として活動しているイスラエルの組織で、この件について大きな力を持ちます。

「連続した赤い月の時代」に気づかされたこと

「作られるシンクロニシティ」の存在に気づいたのは、2014年に、以下の記事で「4回連続する皆既月食に関するシンクロニシティ」のことを知った時でした。

2014-2015-top.gif

このことを知ったキッカケは昨日のロシア・トゥディの下の記事を読んだことから始まりまして、気軽な気持ちで調べていましたら、何だか次第におおごとになってきまして、うまくまとめられるかどうかわかりません。

rt-bloodmoon-top.gif

'Blood moon' rising: Total lunar eclipse on April 14-15, first in rare series
RT 2014.04.05

血の月が浮き上がる 4月15日から始まる珍しい皆既月食の連続

今年 4月 14日から 15日にかけて、血の色のように赤く染まった皆既月食が夜空に現れることに対して、科学者たちは興奮しているが、クリスチャンの中には、この世の終わりを怖れている人たちもいる。

この赤い月は 2014年の最初の皆既月食であると同時に、ここから「4回連続する皆既食」の始まりの月食だ。

しかし、キリスト教徒の小さなグループは、これが時代の終わりをもたらす聖書の予言の兆候だとして今後の出来事を説明している。

著作『4つの血の月:何かが変わる方向に向かっている ( Four Blood Moons: Something Is About to Change )』を記した作家のジョン・ハギー氏( John Hagee )は、旧約聖書「ヨエル書」2章11節にある「太陽も月も暗くなり、星も光を失う」という部分を引用している。

また、この聖書の予言の支持者は、 4月15日から始まる4回の皆既食がユダヤ教の重要な祝日である「過越(すぎこし)」と「仮庵の祭り(かりいおのまつり)」の日と一致することを指摘する。

しかし、EarthSky の記者ブルース・マッキュアー( Bruce McClure )とデボラー・バード( Deborah Byrd )は、ユダヤ歴というのは、結局は太陰暦であるので、満月がユダヤ教の重要な祝日と一致することは不思議ではないと述べる。

「過越や仮庵の祭り時期から考えれば、その時に満月となる年もあるだろう。しかし、皮肉なのは、これから4回連続で起きる皆既月食のうち3回はイスラエルにおいては見られないことだ」と彼らは言う。

そして、4回連続して皆既月食が起きること自体は、極めて希というほどの現象ではないという。2001年から 2100年までの 100年間にこの「4回連続して皆既月食が起きた」ことは8度あった。最後に起きたのは 1967年から 1968年にかけてだった。

さてさて、もうまったくわからない言葉が次々と出てきますので、まず、訳しながら調べました「ユダヤ教に関する用語」を記しておきたいと思います。今回重要なのは、記事の中に出てきます、

4月15日から始まる4回の皆既食がユダヤ教の重要な祝日である「過越(すぎこし)」と「仮庵の祭り(かりいおのまつり)」の日と一致することを指摘する。

ということについては、下のようなことになっています。「過越」なんて漢字は、どうやっても「かえつ」と読んでしまう私ですが、「すぎこし」と読むのだそうで、他にも上のユダヤ教の重要祭事について、 Wikipedia などから抜粋します。

過越(すぎこし)
聖書の命令に従って、ユダヤ教では今日でも過越祭を守り行っている。 このユダヤ暦のニサン15日から始まる一週間はペサハと呼ばれるユダヤ教の三大祭りのひとつであり、ほとんどのユダヤ教徒がこれを祝う。


仮庵の祭り(かりいおのまつり)
仮庵の祭りは、過越と七週の祭り(シャブオット)とともにユダヤ教三大祭の一つ。


それぞれがどんな祭事なのかはともかくとしても、この「過越」と「仮庵の祭り」の日は、どちらもユダヤ教において大変に重要な祭事の日であることがわかります。

そのことを前提として、下の図をご覧下さい。 4月 15日から来年の 9月 28日までのユダヤ教の宗教的祭事と4連続する皆既月食(途中で皆既日食が一度あります)の関係を示したものです。4連続する皆既月食は「テトラッド / tetrad 」とも呼ばれるようです。

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▲ 2011年6月19日の Americas Last Days 2014 - 2015 blood moons, solar eclipses and lunar eclipses on jewish feast days The future of Israel より。

文字にしますと、下のようになります。

2014年から 2015年にかけて起きる月食、日食とユダヤ教の祭日の合致

2014年04月15日 皆既月食 過越の初日
2014年10月08日 皆既月食 仮庵の祭の前夜祭
2015年03月20日 皆既日食 ユダヤ宗教歴の大晦日
2015年04月04日 皆既月食 過越の初日 
2015年09月13日 部分日食 ユダヤ政治歴の大晦日
2015年09月28日 皆既日食 仮庵の祭の初日

つまり、これらのユダヤ教徒にとって、非常に重要な祭や宗教的関係の日と「血の月の日」が重なるということを示します。

しかも、「4回連続して皆既月食が起きる」という、それなりに珍しい現象と、その日がすべて「過越」と「仮庵の祭」(前夜祭含む)と一致するということが、話題というのか、いろいろと言われています。

このことはずっと以前から言われていたことのようで、今回調べたサイトの中には 2008年の記事などもありました。

つまり、ずいぶんと以前から 2014年から 2015年の今回の「イベント」は、少なくとイスラエルの関係の人々と、ユダヤ教の関係の人々の間では、「大きなとき」として待ち受けられていたようです。

なぜか?

それは「過去に同じ現象が起きた時に、ユダヤ教とイスラエルにとって最大の出来事が起きていたから」なのでした。

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イスラエル国家が形成された時にも同じことが起きていた

上の記事のタイトルには、1492年と 1948年、そして、1967年という年代が書かれています。

まず、1948年は「イスラエル独立戦争」が始まったと上の記事に書かれています。「そんな戦争聞いたことないなあ」と思って調べてみますと、イスラエル独立戦争というのは、イスラエルでだけの呼び方で、一般的には、第一次中東戦争と言われているものです。

第一次中東戦争 - Wikipedia によれば、アラブ側では「大災害」と呼ばれているのだとか。

いずれにしても、1949年まで続いたこの戦争で、イスラエルは勝利し、イスラエルは独立国としての地位を固めたということで、イスラエルの歴史上で最も重要な年といえそうです。

そして、1967年には第三次中東戦争が起こります。このイスラエル側の呼び方は「六日戦争」だそう。第三次中東戦争 - Wikipedia によれば、

この戦争の結果として、イスラエルはガザ地区とヨルダン川西岸地区の支配権を獲得してパレスチナを統一、シナイ半島とゴラン高原を軍事占領下に置いた。戦争の結果は現在まで中東の地政学に影響している。

ということで、現在のイスラエルの存在につながることだったようで、重大な年だったようです。

このどちらの年も今年から始まる月食の連続と同じように「4回の皆既月食が連続した」ときだったのでした。見てみると、実際は 1949年からとなっていますが、記します。

イスラエル独立戦争(1948-1949年)

1949年04月13日 皆既月食 過越
1949年10月07日 皆既月食 仮庵の祭り
1950年04月02日 皆既月食 過越
1950年09月26日 皆既月食 仮庵の祭り


六日戦争の年(1967年)

1967年04月24日 皆既月食 過越
1967年10月07日 皆既月食 仮庵の祭り
1968年04月13日 皆既月食 過越
1968年10月06日 皆既月食 仮庵の祭り


ちなみに、記事の 1492年というのは「スペイン異端審問」が始まった年。

話を戻しますと、過去にはこのように「4回連続した皆既月食とユダヤ教の重要祭事が重なったことが過去2度あり、そのどちらもイスラエルにとって、最も大きな出来事が起きた」ということのようなのです。

イスラエルでのユダヤ教の祭事と、この歴史的な4回連続する皆既月食が、時期として完全にシンクロしていたのです。

このことの詳細はともかく、約1年半ほどにわたりその「時期」は続きました。そして、その連続するシンクロの中で、どのようなことが起きていたか。

それは、「膨大な犠牲」でした。

たとえば、最近とかでも、「たくさんの方が亡くなる航空機事故」というのは、もちろん起こるには起きますけれど、その頻度を漠然と考えてから、その「4回連続する皆既月食の時期の事故」を見てみますと、下は一部ですが、この時期は、こんなことになっていたのです。

2014年4月〜2015年10月(4回連続の皆既月食)の期間に起きた「死者30名」を超えた事故等

2014年
3月8日 - マレーシア航空370便がインド洋で消息を絶つ(239名が安否不明)

4月16日 - 韓国フェリー「セウォル号」沈没事故 (死者 294名)

5月13日 - トルコのソマで炭鉱爆発事故が発生(死者 30名)

5月18日 - コロンビアでバス火災事故が発生(死者 34名。うち 33名が子ども)

7月8日 - イスラエル軍、ガザ攻撃を開始 (停戦の8月26日までに死者 2,100名)

7月17日 - ウクライナで、マレーシア航空17便が撃墜される(死者 298名)

7月23日 - 台湾・トランスアジア航空222便が着陸に失敗 (死者 48名)

7月24日 - アルジェリア航空5017便が墜落 (死者 116名)

8月1日 - 台湾・高雄市でガス爆発事故(死者 30名)

8月10日 - イラン・セパハン航空140便が墜落(死者 39名)

8月8日 - 西アフリカのエボラ出血熱流行(2015年10月までに死者 11,313名)

12月28日 - インドネシア・エアアジア8501便が墜落(死者 162名)

2015年
1月3日〜1月7日 - イスラム過激派ボコ・ハラムによるナイジェリアの虐殺(死者約 2,000名)

2月4日 - 台湾・トランスアジア航空235便が墜落 (死者 43名)

3月13日 - ミャンマー沖でフェリーが沈没(死者 34名)

3月24日 - ドイツ・ジャーマンウイングス9525便が墜落(死者 150名)

4月2日 - ケニアのガリッサ大学が襲撃される(死者 147名)

6月26日 - IS (イスラム国)による複数の国でのラマダン攻撃(死者 403名)

8月12日 - 中国・天津で倉庫が爆発(死者行方不明 201名)

10月23日 - フランス・ボルドーでバスと大型トラックの事故(死者 42名)

10月31日 - ロシア・コガリムアビア航空9268便がエジプトのシナイ半島に墜落(死者 224名)

11月13日 - パリ同時多発テロ(死者 130名)

こういうような期間だったのです。

そしてこれらの多くの事故では、「若い人たちが中心として犠牲となっていた」ということがありました。

十の災いの中に「長子をすべて殺す」というものがありますが、そういうものを思い出させる期間でもあったのです。

この頃から「作られた黙示録」というものが、この世には存在することを確信するようになりました。

つまり、「偽の黙示録」です。

もちろん、先ほども書きましたように、私は「偽ではない黙示録」を否定はしませんが、それとは違う作られた黙示録や作られたシンクロニシティの時代も始まっていると思います。

そういう世の中では、いろいろなことが起きていくのだと思いますが、場合によっては、「真の黙示録 vs 偽の黙示録」というような奇妙な対立構図の時代さえ出現するかもしれません。

ある意味で興味深くはありますが、しかし、ほどほどに注意深く生きていないと厳しいことが増える時代になっていくかもしれません。

最終更新:2018/11/10 15:09

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2018/11/09 21:23

インドのアーンドラ・プラデーシュ州に突如、巨大な亀裂が発生。断層が存在する場所だったため、大地震の噂で住民たちがパニックに

11月4日 インドのアーンドラ・プラデーシュ州に突如発生した巨大亀裂
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インド東部のアーンドラ・プラデーシュ州にあるウエスト・ゴダバリという場所で、11月4日、突如として巨大な亀裂が発生しました。

それにより道路の一部は完全に破壊されてます。

下は、その時の様子です。

11月4日 アーンドラ・プラデーシュ州ウエスト・ゴダバリの亀裂

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ウエスト・ゴダバリの場所
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現場は、大規模な灌漑プロジェクトが行われている場所だそうですが、長さ約 1キロメートルにわたり、この亀裂が生じ、道路が破壊されたとのことです。

そして、この亀裂が発生した時、近辺の多くの街や村で「揺れ」を感じたことと、この場所が、インドの大きな断層と近いということがあり、かなりのパニックになったことが伝えられています。

この揺れは、正式には地震としては記録されていないようですので、「地震ではない揺れ」が広範囲で感じられたということになり、「そのような不可解な揺れの中で亀裂が発生した」という奇妙な現象の連続でもあったようです。

インドは、基本的には地震の非常に少ない場所ですが、断層自体はいくつも存在しており、何十年周期で大きな地震に見舞われている地域がいくつかあります。

今回の現象が今後の地質活動と関係するかどうかはわかりませんが、インドでこのような巨大な亀裂が生じるという事象が珍しいことです。

最終更新:2018/11/09 21:23

2018/11/09 21:17

サイクロンがアラビア半島の砂漠を「青く広がる海」に変えた後の光景は…

2018年11月5日
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まるでカリブ海で撮影されたようなこの光景は、実はアラビア半島の「水がほぼまったくない」オマーンに広がる砂漠なんです。今回はこのことについてご紹介させていただこうと思います。

最近は、中東からアラビア半島の砂漠での暴風雨や洪水がとても多くなっていますが、今年の中東でその最初となった暴風雨は、今年 5月にアラビア半島に上陸したサイクロン「メクヌ」でした。

その際には、オマーン、イエメン、サウジアラビアの各地で大規模な洪水が発生しましが、このサイクロンが通過した直後、オマーンのアーメド・アルトキ(Ahmed Altoqi)さんというカメラマンがその光景をアラビア半島の上空から撮影して記録していたのです。

そして、最近になって公開されたのが冒頭の写真なのです。

アラビア半島のオマーンからサウジアラビアに至る広い範囲が水没し、まるで「青い海」のようになっている光景が撮影されています。

今回は、このアーメドさんの公開した写真から何枚かご紹介させていただこうと思います。

撮影された範囲は、サイクロン「メクヌ」の進路を辿ったものです。

当時の進路図を振り返りますと、オマーンとイエメンの国境周辺あたりからサウジアラビアにかかる範囲という感じになるようで、このあたりは、本来はほとんどが水のない砂漠です。

サイクロン「メクヌ」の進路
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サイクロンによって海と化したオマーンの砂漠の光景

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最終更新:2018/11/09 21:17

2018/11/09 21:11

イタリア北部の暴風雨被害は歴史的な規模に。1400万本以上の森林の木々が倒され、「回復には1世紀かかる」

11月4日の報道より
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ここ数日、イタリア北部の大雨被害について、いくつか記事を記しましたが、このイタリア北部の大雨による洪水、土砂崩れなどの被害が、地域としては歴史的なものになりつつあります。

冒頭の報道によれば、北部のヴェネト州では 1400万本の森林の木々が暴風や洪水などにより倒されたと報じられています。

イタリアの農業協会は、声明で、

「地域の森林の状態が元に回復するには1世紀かかるだろう」

と述べました。

11月4日 イタリア・ヴェネト州の森林
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経済被害は、ヴェネト州だけで 1200億円規模になると推定されていますが、森林の正確な被害がまだわかっていませんので、さらに大きくなる可能性があります。

また、ジェノバなどイタリアの都市には建造物そのものに価値があるものが数多くありますが、それらの建物や景観などへの被害も大きく、観光の点からも長期的な経済的影響へとつながる可能性があるとヴェネト州知事は述べています。

廃墟のような景観となった場所も多く、また復旧もすぐにというようなわけにはいかないレベルの被害を受けている場所も多いようです。

ジェノバ近郊の海岸
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ベネチア北部 川の堤防の決壊で流された家
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この一連の暴風雨による人的被害も拡大しており、11月4日までに 20名が亡くなっていると伝えられています。

しかし、これで連続した悪天候が終わったというわけではないようで、気象専門家たちによれば、今のイタリアの気象は、

「過去 50年から 60年のあいだで最も複雑な状況となっている」

とのことで、天候の見通しも立てづらいようです。

最近のイタリア悪天候については、以下の記事を書かせていただきました。

イタリア北部で豪雨のために大規模な泥流が発生し、山間の小さな町ディマーロが破壊される

イタリア・ディマーロの泥流被害を報じるイタリアのメディア
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「水の都」から「水没の都」に ヴェニスの75%以上が水に浸かり、洪水による水位は観測史上の記録を上回る
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このようなことになっている原因として考えられることのひとつとして、今年の夏前に記しました以下の記事、

・ヨーロッパの地中海での海水温度が完全に異常な状態となっており「通常より5℃高い」海域も。原因は不明

2018年6月14日の地中海の海水表面温度の平年と差異
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今月のはじめに、以下の記事において、イタリア西部のアドリア海の海水温度が「異常に高い」ということについてご紹介したことがあります。

アドリア海の海水温が異常な高騰。海底火山活動が活溌といわれるイタリア周辺の海で何が起きている?
アドリア海の位置と5月31日の海水温度の平年との差
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イタリア半島の東部に「アドリア海」という海域があります。

少し大きな地図で示しますと、下の位置になります。

アドリア海
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この海域が、現在「極めて高い」海水表面温度に見舞われていまして、冒頭にも示しましたが、その大部分が平年を 3℃以上も上回る場所に覆われているという、やや異常な状況となっています。

下がアドリア海の平年との海水温度の差を示したものです。

アドリア海の海水温度の平年との差
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大気の気温なら、平年より 3℃高いくらいはどうということもないのですが、海の温度となると事情も違います。

たとえば、現在の「全世界の海水温度」の平年との差はどのくらいになっているかといいますと、下は日本の気象庁の 4月(入手できるもので最新)のデータですが、以下のようになっています。

最も海水温度が高い海域でも「平年より 1℃高い」程度が最大限となっていることがおわかりかと思います。平年より 2℃高いという場所さえありません。

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ところが、現在のアドリア海では、そのほぼ全域が「平年より 3℃、あるいはそれ以上高い」ということになっていまして、注目を集めています。原因はわかっていません。

このヨーロッパの周辺の最近の気温は、このように海水温度に影響を与えるような高温ではありませんでした。

そこで個人的に気になりましたのが、過去記事でご紹介していたことですが、

最近、イタリア半島の周辺で海底火山の活動が活溌化している

ということです。

下のふたつの記事は、イタリア周辺の海底火山に関してのものです。

ポンペイを壊滅させたイタリア・ベスビオ火山近くの海で「未知の海底火山が6つ」同時に発見される
2016年10月1日の英国エクスプレスの記事より
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ヨーロッパ最大の地球科学の研究機関である「イタリア国立地球物理学火山学研究所(INGV)」が、イタリアのベスビオ(ヴェスヴィオ)火山近くのナポリ湾の海底に、今まで知られていなかった海底火山が「6つ」発見されたと発表しました。

これは、火山学研究所が、ベスビオ山の噴火の状況に関しての研究として、二酸化炭素排出量を検査し続けていたのですが、その測定の中で、ベスビオ山から数キロの場所にあるあるナポリ湾という湾の海底に高さ 800メートルほどの6つの未知の火山を発見したというものでした。

新しく見つかった海底火山の位置
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ベスビオ山とナポリ湾の場所
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なぜ、イタリア国立地球物理学火山学研究所がベスビオ山の噴火の可能性についての研究を続けているかといいますと、現在のイタリアにとって、ベスビオ山の噴火は、自然災害として、大きな懸念だからです。

西暦 79年に、当時の古代都市ポンペイが、ベスビオ火山の噴火による火砕流によって完全に埋もれてしまったことは有名です。

62年2月5日、ポンペイを襲った激しい地震によりポンペイや他のカンパニア諸都市は大きな被害を受けた。町はすぐに以前より立派に再建されたが、その再建作業も完全には終わらない79年8月24日の午後1時頃にヴェスヴィオ火山が大噴火し、一昼夜に渡って火山灰が降り続けた。

翌25日(噴火から約12時間後)の噴火末期に火砕流が発生し、ポンペイ市は一瞬にして完全に地中に埋まった。降下火山灰はその後も続いた。

噴火直後に当時のローマ皇帝ティトゥスはポンペイに使者を出すが、市は壊滅したあとだった。市民の多くが火砕流発生前にローマなどに逃げたが、これら一連の災害により、地震の前には2万人程度いたポンペイ市民の内、何らかの理由で街に留まった者の中から逃げ遅れた者約2千人が犠牲になった。


その後も、1631年12月にも大噴火を起こして、約 3000人が死亡するなど、過去に大きな噴火を繰り返しています。

そして、次の噴火の可能性について調査している中で、新しい海底火山が見つかったということのようです。

先ほど、新たに見つかった海底火山の場所を図で示したものを載せましたが、航空写真で見ますと下のような感じになり、このナポリ湾という場所は、狭い範囲にベスビオ山を加えて6つの火山が存在する場所だということが今にしてわかったということになります。

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今年8月には、イタリア中部で大きな地震が発生し、その後も長く余震が続いていますが、イタリアも最近は地質的に不安定な部分もあるのかもしれなく、新しく見つかった海底火山とベスビオ火山の活動との関連などに注目が集まっています。

あまり世界各地の火山の噴火状況について詳しくお伝えすることができていませんけれど、今は本当に世界中で火山の噴火が活発です。

上の記事で、イタリア半島周辺で「未知の海底火山」か、その可能性があるものについて報道された場所は下の位置です。

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これらは今回のアドリア海とは半島をはさんで逆の位置ですので、関係があるということではないのですが、イタリア周辺は最近、陸上の火山も含めて「地殻活動がとても活溌化している」と考えられています。

そういう中で、アドリア海で観測されている異常な海水温度の上昇も、あるいは、アドリア海の海底でも何か海底火山的なものの活動が起きていたりするのかもしれないとふと思った次第です。

原因はともかく、このように海の気温が上昇しますと、気候が荒れやすくなることは確実で、今後の南欧や東欧あたりの気象はさらに激しくなっていくのかもしれません。

その後も、アドリア海の海水表面温度は高いまま推移しているのですが、最近になって、海水温度が高いのは、このアドリア海という狭い範囲だけのことではなく、

「地中海全域が平年に比べて異常に高い海水温度を記録している」

ことが判明したのです。

冒頭の気温分布は、世界地図では以下の範囲となります。

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その後も、アドリア海の海水表面温度は高いまま推移しているのですが、最近になって、海水温度が高いのは、このアドリア海という狭い範囲だけのことではなく、

「地中海全域が平年に比べて異常に高い海水温度を記録している」

ことが判明したのです。

冒頭の気温分布は、世界地図では以下の範囲となります。
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これは色の分布を見ますと、イタリアのアドリア海は、平年との気温の差が「 5℃以上」(薄い紫から白で示されています)となっている海域がかなりの面積を占めていて、これは・・・ちょっと異常ですね。

そして、地中海のイタリアからギリシャ、トルコにいたる海域がほぼすべて「平年より 3℃以上、海水温度が高い」ということが示されています。

前のアドリア海の記事の時にも書いたのですけれど、海水温度は大気のいわゆる気温とは違い、そんなに大きな変動があるものではないのです。

平年より 3℃高いというのも相当なもので、まして 5℃高いとなると、異常ということが言えるかと思われます。

どうして、このようなことになっているのかはわかりません。

それに、何よりも不思議なのは、実は世界的には、「今年は海水温度が比較的低い」のです。

この数年、非常に高い海水温度が続いていた世界の海ですが、今年はそうでもないのです。

たとえば、下は、アメリカ海洋大気庁(NOAA)の「海水温度の差異」のデータで、リリースされている中で最新の 6月18日のものです。

赤くなればなるほど平年より高い」
青くなればなるほど低い」
黄色が平年並み」

ということで見ていただくと、おわかりやすいかと思います。

2018年6月18日の世界の海水温度の平年との差異
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黄色の部分(平年並み)と、青い部分(平年より低い)が多く、赤い部分(平年より高い)は、かなり少ないことがおわかりかと思います。

実は、この海水温度が台風やハリケーンの行方も決定していくものとなるのですが、このように世界的に低い状態のままならば、今年は台風やハリケーンが「多くはならない」可能性がありますが、この先の変化もありますので、今はそのことにふれられないとしても、最近数年とは違う落ち着いた海水温度を示しているといえます。

ところが、その中で、地中海、そして北欧などのヨーロッパ周辺の海域は突出して高いのです。

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どうしてこんなことが起きているのかということについて興味はありますが、ここまで高いとなると、どうしても「海底火山など、メタンガスの噴出を含む地質の活動」を疑ってしまいます。

これはそのうち記事にしようと思いますが、実際現在は世界中でメタンガスの噴出がとても活発なのです。このブログで最近取りあげただけでも、オーストラリア、インド、アメリカ他、さまざまな場所でメタンガスが地底から噴出しています。記事はこちらのリンクにあります。

そして、NOAA の図を見ていますと、海もまた「異常に海水温度が低い場所」もあれば「異常に高い海域」もあることがわかります。気温だけではなく、海水温度も均衡を欠いた状態となっているということなのかもしれません。

で取りあげました「地中海の海水温の異常」も継続して関係しているのかもしれませんし、その時の海水温度図でも、イタリア周辺が最も高い海水温だったことを思い出します。

2018年6月14日の地中海の海水表面温度の平年と差異
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ヨーロッパの地中海周辺の国や地域の天候異常がどこまで続くのかわからないですが、これらの被害の影響は長く続きそうです。

今年は、夏にヨーロッパ各地で大規模な山火事が続発し、その際にもヨーロッパ各地で「森林が消失」していましたが、今回は暴風雨で木々が消えています。

最終更新:2018/11/09 21:11

2018/11/09 20:47

イタリア北部で豪雨のために大規模な泥流が発生し、山間の小さな町ディマーロが破壊される

イタリア・ディマーロの泥流被害を報じるイタリアのメディア
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イタリアでは、10月の下旬から激しい悪天候が続いており、10月30日には、北部のヴェニス(ベネチア)が、観測史上最大クラスの水位に沈んだことを以下の記事でご紹介しました。

「水の都」から「水没の都」に ヴェニスの75%以上が水に浸かり、洪水による水位は観測史上の記録を上回る
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ヴェニス(ベネチア)は「水の都」というような呼ばれ方をしますが、現在それがいきすぎています。

イタリアの各地が激しい悪天候に見舞われている中、ヴェニスにもその影響が出ていまして、10月29日にはヴェニスの水位が 156 cm に上昇したと伝えられています。

現地の報道によれば、過去の記録では、1966年の 150cmの水位が最高記録だということですので、観測史上最高の水位となっているようです。

10月29日のヴェニスの様子
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このヴェニスが前代未聞の洪水に見舞われていた同じ日に、そこから比較的近い場所にあるディマーロという町が、豪雨により発生した土砂崩れとそれと共に発生した泥流に襲われて大きな被害を出していました。

ディマーロは下の位置にあります。

ディマーロ
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2018年10月30日 泥流が発生したイタリア・ディマーロの光景
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この激しい泥流により、多くの家が流され、それにより女性1人が死亡し、現在、少なくとも 200人が避難生活を余儀なくされています。

イタリアでは、シチリア島などでも壊滅的な洪水が起きており、国土の広い範囲で大雨と洪水、そして今回のような土砂崩れの被害が拡大しています。

この時期のイタリアで、これほどまでに悪天候が長く、そして広い範囲で続くというのも普通ではあまりないことです。

最終更新:2018/11/09 20:47

2018/11/09 20:38

私たちは、もはや昔とは違う地球に住んでいる 西暦1900年と現在とを比較すると「地震の増加率は約2000パーセント」にも達していることがアメリカ地質調査所のデータで判明

アメリカ地質調査所のデータを比較して判明した「地震の増加」の状況
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21世紀に入ってからに関していえば、マグニチュード 6以上の大きな地震は確実に増えていまして、そのことを記事でふれることも多いですが、「もっと長い単位で見て、地震は本当に増えているのだろうか」とは私も思っていました。

それに関してのデータを見たことがなかったのです。

というより、地震に関しての「 100年以上前の正確なデータ」などは存在しないと思っていたのですが、アメリカ地質調査所(USGS)のデータには、何と、

「西暦 1900年から現在までの地震のデータ」

が収められていることを知りました。

しかも、それを知ったのは、冒頭のように、「西暦 1900年の頃と比べて、大地震の発生数は 2,000パーセント増えていた」という記事で知ったのです。

「 2,000パーセント?」と思いまして、私自身でアメリカ地質調査所そのデータページを見てみましたら、それは本当でした。

まずは、

・西暦 1900年のマグニチュード6.0以上の地震の発生数と、

・西暦 2000年のマグニチュード6.0以上の地震の発生数

を比べてみますと、以下のようになっていました。

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西暦 1900年の 1年間でマグニチュード 6以上が観測されたのは以下の3つの地震だけでした。

1900年に発生した大地震
・07月29日 M 7.6 サンタクルーズ諸島
・10月09日 M 7.7 アラスカ南東部
・10月29日 M 7.7 ベネズエラ


しかし、その 100年後の西暦 2000年には 1年間の間に 160回ものマグニチュード 6以上の地震が起きているのでした。

上の USGS の地図では、日本は震源マークで国土が完全に隠れてしまうという状態となっています。

そして、今は 2018年ですが、その同じ区間の区切り、つまり、

・西暦 1900年-1918年の間に起きたマグニチュード6.0以上の地震と、

・西暦 2000年-2018年の間に起きたマグニチュード6.0以上の地震

の数を比較しますと以下のようになります。

1900-1918年
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2000-2018年
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もはや、2倍、3倍の世界ではなかったということになっているのです。

それにしても、この、

「同じ期間で 147 回と 2911 回」

というのは非常に大きな差ではあります。

ただ、ふと思ったのは、この 100年間の間では、アメリカ地質調査所の地震計の設置数なども変化しているとは思いますので、完全に純粋な比較といえるのかどうかはわからないですが、ただ、過去記事でご紹介しました、

「過去 115年ほどの間の《自然災害による経済的損失》の推移」

のグラフもまた、この 100年あまりの間に地震による被害が夥しく増加していることを示しています。

下のグラフがそれで、ドイツのカールスルーエ工科大学が集計した「西暦 1900年から 2015年までの自然災害での経済的損失」の推移です。

グラフの緑の部分が地震です。

1900年から 2015年までの自然災害での経済的損失の推移
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自然災害の被害では、あらゆるものが増加していますが、地震と洪水、そして山火事による経済的損失の増加が顕著です。

これは 2016年の過去記事、

・自然災害は予想以上の驚異的な勢いで地球の文明を崩壊させ続けている ドイツの大学が発表した西暦1900年以降の災害損失データベースが示すこと

ドイツ・カールスルーエ工科大学ニュースリリースより
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過去115年の災害被害の推移の「壮絶さ」を数字で見る

ドイツ最古の工業大学であるカールスルーエ工科大学というのがありまして、この大学は、CATDAT という「世界の自然災害に起因する社会経済的損失」に関してのデータベースを持ちます。

昨日、カールスルーエ工科大学は、このデータベースから、

「西暦 1900年から 2015年までの自然災害での経済的損失と、全死亡者数」

のデータを作成し、公開しました。

これがですね・・・。予想を上回るというのか、実際に私たちはものすごい時代に生きているということが数字として実感できるものなのです。

今回は、そのカールスルーエ工科大学のニュースリリースをご紹介しようと思いますが、まずは、とにかく、そのデータをご覧いただきたいと思います。

1900年から 2015年までの自然災害での経済的損失の推移(米ドル)
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たとえば、この100年ちょっとの間に「世界がどれだけ変わってしまったか」を感じるには、1900年からの 20年間と、現在の 2016年までの 20年間という2つの時代を下のように比べますと、そのすさまじさがわかります。

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もう、これは「全然別の地球に生きている」というような言い方をしてもいいようなすごさで、しかも、1900年からというのは、たった 100年くらいしか経っていないのですよ。それでこれだけ地球は変わってしまった。

現生人類は十数万年の歴史を持っていますので、100年というと、比較的「瞬間」的な時間だと思うのですが、その「瞬間」の間の自然災害のすごいこと。

印象的なのは、100年前にはほとんど見られなかった、

森林火災(グラフの赤の部分)
干ばつ(グラフの黒の部分)
が、数多く起きていることです。

洪水は昔からあったもののようですけれど、最近はそこに「火」が加わっている。

上のグラフは「経済的損失が増えている」ということでを示しているものであって、「自然災害の発生件数」ではないです。

たとえば、2011年にグラフの「緑の部分」が極端に多いのは、膨大な経済的損失を伴った東日本大震災があったからで、この年に地震が特に多かったというわけではないです。なので、グラフが極端に増加していることが自然災害の数の増加を示しているものではない・・・のですが、ニュースリリースの中でも書かれていますが、自然災害の発生件数自体も増えています。

地震は特に 21世紀に入ってから飛躍的に増えています。
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それでは「自然災害での死者」も増えているのかというと、そうではないことが、データベースからわかるのです。

1900年から 2015年までの自然災害での死亡者数の推移
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たとえば、その年に1度でも極端に大きな災害(洪水、サイクロン、地震など)が起きてしまうと、それだけでその年の死亡者数は上がるので、このグラフと自然災害の件数はリンクしません。

上のグラフでいうと、1930年に洪水(グラフの青の部分)が極端に増加していて、上に「少なくとも 250万人以上」というように書かれていますが、これは何かというと、その年に発生した中国の大洪水による死者なのです。

1931年中国大洪水 - Wikipedia

1931年中国大洪水は中華民国で起きた一連の洪水である。この洪水は記録が残る中で最悪の自然災害の一つと一般にみられており、また疫病と飢饉を除いて、20世紀最悪の自然災害であることはほぼ確実である。推定死者数は、14万5000人とするものから、370万-400万人とするものまである。


というもので、西側の統計では、最大で 400万人が亡くなったと思われる現代史で最大の大災害です。

それと、上のグラフでは、1970年にも嵐(グラフの紫の部分)での死亡者数が、とてつもなく多くなっていますが、これはその年にバングラデシュとインドを襲ったサイクロンによるものです。

1970年のボーラ・サイクロン - Wikipedia

1970年のボーラ・サイクロンとは、1970年11月12日に東パキスタンのボーラ地方(今日のバングラデシュ)とインドの西ベンガル州を襲ったサイクロンである。

もっとも控えめな見積でも20万5000人以上、最大50万人と推定される人命が失われ、サイクロンとしては史上最大級の犠牲者を出した。近代以降の自然災害全般の中でも最悪のものの一つである。

この被害が余りに激甚であったことが直接的な契機の一つとなって、以後パキスタンは内戦状態に陥り、翌年バングラデシュが独立した。


これらのような強大な災害が発生しますと、上のように、その年のグラフは飛び抜けて高い数字を示します。

そして、自然災害自体は増加し続けているのですが、それによる死者数は、世界の人口増加などを加えて考えますと、「むしろ減っている」ということになっているのです。

つまり、「自然災害による犠牲者は減っているが、社会基盤を破壊する災害の発生件数自体は劇的に増えている」ということになりそうです。

この死者数の推移のグラフと、先に示しました「経済的損失の異常なほどの増加」のグラフを合わせて見てみますと、特に、21世紀以降は、

「自然災害が地球の文明の社会基盤をどんどんと破壊し続けている」

ということが言えそうです。

過去数年、In Deep でも、地球ブログでも、世界の数多くの自然災害を扱ってきましたが、その「流れ」を思い出してみると、現在にいたる中で、次第にはっきりしてきているように感じる「あること」もあります。

それは「災害が起きる理由と目的」とも関係します。

しかしまあ、ここでそれにふれますと、ちょっと話の内容が訳がわからない方向に行ってしまう可能性があるので、今回はふれませんけれど、これからの自然災害の状況次第では、私たちは今の社会基盤に依存して生きている状況を根本から見直すというような事態に直面することもあるのかもしれません。

それでは、ここからカールスルーエ工科大学のニュースリリースです。

Natural Disasters since 1900: Over 8 Million Deaths and 7 Trillion US Dollars damage
Karlsruhe Institute of Technology ( KIT ) 2016/04/18

西暦1900年からの自然災害 800万人以上が死亡し、7兆ドル以上の経済的損失を受けた
カールスルーエ工科大学(KIT)のリスクエンジニアの専門家であるジェームズ・ダニエル博士(Dr. James Daniell)は、これまで収集した自然災害のデータベースから、1900年以来、自然災害により 7兆ドル(約 770兆円)の経済的損失が発生し、また、死亡した人の数は 800万人に達することを示した。

ダニエル博士の災害データベース「 CATDAT 」は、社会経済指標を調べることにより、自然災害による社会経済的損失データを評価する。

博士はオーストリアのウィーンで開催される 2016年 欧州地球科学連合総会でこのデータを発表する。

ダニエル博士は、CATDATデータベースの一環として、1900年以来起きた 35,000件の自然災害事象を収集した。

それによると、1900年から 2015年までの経済的損失の約3分の1は、洪水により引き起こされており、洪水による経済的損失の度合いは大きい。

次に大きなものが地震による損失で、自然災害の経済的損失全体の 26パーセントを占める。そして、嵐(台風やハリケーン、サイクロンなど)が 19パーセント、火山の噴火による被害は全体の 1パーセントとなっている。かつては、経済的損失の最高額を記録する自然災害は洪水だったが、1960年以来、嵐が経済的損失のうちの 30パーセントを占めるようになった。

全体として、過去 100年ほどの間の自然災害による経済的損失は絶対的に増加した。

ダニエル博士は「多くの場合、発展途上国の方が大災害に対して、より脆弱な傾向があり、自然災害での死者と経済的損失が高くなっている」と述べる。

その一般的な理由のひとつは、家屋や建物の質そのものにもあり、また、海岸に人々が働く都市部の多い地域も、自然災害に対しての生命と経済的損失に対してのリスクが高い。

自然災害の経済的損失は、ダニエル博士の計算では、ドル換算で 7兆ドルに達するが、しかし、自然災害による損失の構成要素は、多くの場合、損失の推定値などが入るため、実際とは大きく異なる。

ダニエル博士は、「経済的損失を定量化することがしばしば困難であるように、1つの災害事象の正確な損失値を取得することは、たとえば、2010年のハイチ大地震のように、損失値を計算するのが不可能な場合が多々あり、死者数も過大に評価されていることがあります」と言う。

「これまでの中で、自然災害による経済的損失が最も大きかったのは、2011年3月11日の日本の東北の震災と、ニュージーランドの大地震によるもので、3350億ドル(37兆円)の経済的損失となりました。特に、東北の地震は、地震に加えて、津波と原子力発電所の被害が重なり、単一の自然災害としては、最も高い損失を生んだものとなりました」と、博士は述べる。

地震では、1900年から 2015年の間に、全世界で 232万人の人が亡くなっており、また、地震での犠牲者の約 59パーセントは、津波や土砂崩れなどの二次的災害で亡くなっている。石造建築物の倒壊により死亡した人は、全体の 28パーセントになる。

1960年以来、地震で死亡した人は、すべての自然災害の犠牲者の 40パーセントにもあたる。

火山の噴火に関しては、1900年から 2015年の間に、火山の噴火で亡くなった人の数は 98,000人と、他の自然災害と比較すると多くはない。しかし、1900年以降は起きていないが、たとえば、1815年のタンボラ火山の噴火のような巨大な火山噴火が起きた場合、世界中の気温を下げる可能性があり、それは、世界の食料安全保障の問題につながる側面を持つ。

自然災害での死亡者数そのものは、1900年から 2015年まで、わずかに減少するか一定だが、世界の人口が増えていることから、自然災害で亡くなる人は大幅に減少していると博士は言う。

2000年以来、1度の自然災害で 10万人以上が亡くなったのは、2004年のインド洋津波(死亡者数約 23万人)、2008年のミャンマーのサイクロン(死亡者数約 14万人)の2つとなる。

そして、歴史上で最悪の自然災害は、1931年に中国で起きた、推定死者数 250万人以上と考えられている中国の大洪水である。

でご紹介したもので、その記事の中で、

・西暦 1900年から 1920年までの自然災害による経済的損失と、

・西暦 2000年から 2015年までの自然災害による経済的損失

を比較していますが、それは、先ほどのアメリカ地質調査所のデータの比較ともわりと一致するものでもあります。下がその図です。

cost-compare-01b.jpg

これを見た時には、

「 100年前と今では、私たちは違う地球に住んでいる」

という実感を持ちましたが、今回のアメリカ地質調査所のデータも同じ思いを抱かせるものです。

地震は、過去 50年の推移に関して、下のようなグラフもあります。

earthquake-history-2010.jpg

このグラフに書いてありますが、21世紀という今の時代は、過去のどんな時代より「自然災害の頂点に向かおうとしている」と少なくとも今のところは言えます。

「1世紀単位で見れば、地震はかなり増えているのだろうなあ」とは思ってはいましたけれど、実際に、この 100年くらいの間の数値を比較して、こんなに大規模地震の数が多くなっていたということを知りました。

そして、どの程度で高止まるのかはわからないにしても、どうやら今後も地震は増加していくことが確実な状況となっています。

それに加えて、今年は、洪水と山火事の発生数も記録的なことになっているはずで、「悪魔の時代の象徴」として君臨する可能性のある 21世紀らしい様相を見せているともいえるのかもしれません。

最終更新:2018/11/09 20:38

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