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日別記事一覧

2018/10/01 12:48

インドネシア・スラウェシ島での地震と津波による死亡者が「数千人」にのぼる可能性 2004年スマトラ沖地震、2011年東日本大震災以来の甚大な津波被害に、この21世紀の地球を思う

9月29日の米国ワシントンポストより
インドネシアのこの地震の状況について、冒頭の米国ワシントンポストの記事を短くご紹介します。

なお、震源地はスラウェシ島のドンガラという場所で、現時点で最も犠牲者が多く出ているのは、その近くのパルという観光地です。

ドンガラを含めて、他の地域は「アクセス不能」の上に「通信が途絶えていて」どのような状況になっているのかわからないそうです。
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ここからです、

なお、本記事では、津波の高さを 3メートルとしていますが、アメリカ地質調査所は「津波の高さは 7.5メートルだった」と発表しています。死者数は 9月29日時点のものです。

Death toll in Indonesia from earthquake and tsunami could reach into the thousands, nation’s vice president says
washingtonpost.com 2018/09/29

インドネシアの地震と津波による死者の総数は数千人に拡大する可能性があると国家副大統領は述べた

今年、ロンボク島で 500名以上の犠牲者を出した地震が続いたインドネシアで、マグニチュード 7.5の新たな大地震が発生した。

当局は、地震発生後から、わずか 34分後に津波警報を発令したが、当局の予想しなかったことに、その 3メートルの津波は、スラウェシ島の内湾にある都市パルを襲った。

猛烈な津波と恐怖の叫び声の中で、津波は多くを破壊し、犠牲者を引きずり出した。

この時、パルのビーチでは、観光客たちによる夕暮れのビーチフェスティバルの準備が進められていた。津波が後退した後、海へと引きずられた人たちが多数いたと見られる。

パルだけで 420人以上の死亡が確認されている。

インドネシアの副大統領は、地元のメディアとのインタビューで、死亡者数は数千人に達する可能性があると述べた。

インドネシア国家防災庁の広報担当者は、「ビーチでの捜索活動はまだ始まっていません」と述べ、数百人以上が津波の被害場所でビーチパーティーに集まっていたと語った。捜索が進むにつれて、死者数は「引き続き上昇するだろう」と語った。

震源に最も近い都市ドンガラは、激しい被害を受けていると考えられるが、街に通じる主要な橋が倒壊し、現地に向かうことができない。また、通信も遮断されており、状況はまったくわかっていない。

インドネシアの赤十字は、「パルでの被害についての情報もまだ限られたものしかありませんが、ドンガラについては、まったく何も情報がありません。ドンガラには 30万人以上の人が住んでおり、安否が非常に懸念されます」と声明で述べた。

パルの空港は地震後、閉鎖された。滑走路は地震でひどくひび割れている。

救助隊員たちは、地すべりの絶えない脅威の中で荒れ果てた道路を移動している。

インドネシアのカトリック救済サービスのマネージャーは、パルとドンガラへの交通のアクセスが非常に問題だという。

空港が閉鎖されているため、10時間から 12時間かけて陸路で現地に行くしかない。そのため、本格的な支援が始まるのには時間がかかるだろうと述べている。

インドネシアは「環太平洋火山帯」という太平洋盆地の、火山と断層線の円弧上の上に位置しており、この地帯は地震が発生しやすい。

2004年12月、インドネシア西部のスマトラ沖でのマグニチュード 9.1の大地震により、十数カ国で2 3万人が死亡した。

ここまでです。

今の時点(9月30日の午後)までに報じられている死者数は 800人ですが、これは「一握りに過ぎない」考えられています。

ワシントンポストの報道にもありますように、観光客など数百人が集まっておこなわれていたビーチパーティに参加していた人たちの安否もわからないようですし、何より、ドンガラを含め、「完全にアクセスが遮断されている」場所があるということで、そのような状況のために、インドネシアの大統領は 29日の時点で、「死者が数千人に達する可能性がある」と早い段階で言ったのだと思われます。

現時点までに報道や SNS などを含めて公開されている写真を見ただけで、この地震と津波が決して小さなものではなかったことがうかがえます。

被害の多くが地震の揺れではなく、津波によるものだと思われます。

9月28日 津波の後のインドネシア・スラウェシ島の街パルの様子
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地震の時代「21世紀」の象徴はインドネシアで始まった

今年の 4月に「 21世紀になって、地球の地震の様相がそれ以前とは変わった」ということについて以下の記事で取りあげたことがありました。

地震と火山の噴火においては「21世紀の地球は明らかに20世紀と違う」ことが明らかになってきた今、環太平洋火山帯の今後をどう考えるべきなのか

2018年4月7日
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収まりそうもない環太平洋火山帯の活動の中で

いわゆる「人的被害」が比較的少ない事象が多いせいか、最近は、地震にしても火山噴火にしても、地質的なニュースはそれほど話題とはなりませんが、現実には、「地質活動は着実に活動のペースを上げている」といえる状態が続いています。

昨日、インドネシアのシナブン山がまたしても非常に大きな噴火を起こしたのですけれど、このシナブン山は 2月から活動の徴候を見せていなかったのです。

「もしかして今回の活動は終息した?」と思っていたところに、巨大な噴火が発生したわけで、日本の新燃岳などの例もそうですけれど、やはり今のこの時期、そして、これからの火山活動と地震については、「終息する方向ではない」というように思います。インドネシアのシナブン山の昨日の噴火については下の記事で取り上げました。

活動が終息したと思われていたインドネシア・シナブン山で、それまでの規模を上回るレベルの大噴火が発生。山は火砕流と噴煙に包まれる

2018年4月6日のインドネシア英字メディアより
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2010年に 400年ぶりに噴火して以来、断続的に巨大な噴火を続けているインドネシアのシナブン山が、4月6日、またも非常に大きな爆発的噴火を起こしました。

シナブン山の場所
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報道によると、過去1ヶ月、静寂だったシナブン山が突然このような大噴火を起こしたことにより、周辺の人々は「混乱している」とされています。

この噴火による人的被害等は報告されていませんが、すでにシナブン山の一連の噴火で、少なくとも 20名の方が亡くなっているということもあり、当局は最大限の警戒をするように呼びかけています。

写真を見ると、火砕流も発生しているようです。
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長引く噴火により周辺地域の火山灰による影響も大きくなり続けており、先行きが懸念されています。

しかし、日本も含めて、環太平洋火山帯の火山活動が活溌化している中、シナブン山の活動も簡単には収まることはないというのかもしれません。

今回は、その環太平洋火山帯のことについて詳細に取りあげていました最近の英字紙「ニッケイ・アジアン・レビュー」の記事をご紹介しようと思います。ニッケイ・アジアン・レビューは日本経済新聞の英字雑誌ですが、日本語では同様の記事が見当たらなく、また内容的にも環太平洋火山帯の歴史と現状がよくまとめらてれいましたので、ご紹介したいと思いました。

そこにある地図を見ますと、やはりアジアの中でも、日本は地質学者たちから危険だと想定されているエリアが大変に多く(全域が世界最高レベル級の危険性)、そういう場所に暮らしているのだなあと実感します。

下の図は、「赤が濃いほど大きな地震の災害のリスクが想定される」という意味です。
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また、その記事の中で特に注目したのは、「地震や火山の自然災害が穏やかだった 20世紀が終わり、21世紀になって以来、その数は飛躍的に増えている」ことが示されていることです。

感覚的な話ではなく、「実際に、21世紀になってから飛躍的に火山の噴火と地震は増えている」のです。

噴火だけでも、

・20世紀全体 → 65の火山の噴火

・21世紀 → まだ18年間で 25の火山が噴火

ということになっていて、この数字の通りに行くと「 21世紀は 20世紀の倍の数の火山の噴火があり得る」ということにもなるのかもしれません。

ご紹介する記事は大変長いものですので、そろそろ本題に入りたいと思いますが、この「 21世紀」という区分、合理的な意味では特に意味はないですが、シュタイナー学派などは、かつて「 21世紀前半から悪魔的存在が活動を開始する」と見ていたことなどを下の記事で書いたことがありました。

M6以上の地震が毎日起きている世界を迎えた中、シュタイナー学派の「21世紀前半から悪魔的存在が活動を開始した」とする見解を思い出してみる

2016年4月17日
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ルドルフ・シュタイナーの『天地の未来 ─ 地震・火山・戦争』の序文にある、訳者の西川隆範さんの記述から以下の部分を抜粋して、その後に今回ご紹介する本文に続けます。

シュタイナー『天地の未来』 訳者序文より

1998年(666×3)に悪魔的存在が地上に誕生し、21世紀前半中にも活動を開始する、とシュタイナー学派は見ている。他方、本書でシュタイナーも語っているが、紀元前 3101年に始まった暗黒時代(カリユガ)の第一期が 1899年に終了し、精神世界への見通しが明るくなってきている。

幾多の困難が今後もやってくるだろうが、全体的には世界は精神化へ向かっている。物欲の時代は終わり、心魂浄化の時代が始まっている。時代の流れを促進するか、物質に固執して混迷を深めるか、個人個人の生活が岐路に立っている。

私たちはいま、比類なき美しい自然に鎮座なさっている神々にふさわしい国土をあらためて築いていく時期を迎えたのではないだろうか。


科学的な観点からも、上のような精神科学(あるいはオカルト)の観点からも、私たちは、もはや困難を伴う自然災害は避けられないところにいるようです。

それを単に「危機」と考え怯えるだけか、「変化の機会」として前向きにとらえるかは人それぞれだと思いますが、私個人はできる限りは変化の機会だと受け取りたいですし、できるだけそう考えたいとは思っています。難しいことですが。

では、ニッケイ・アジアン・レビューの本文です。こちらは、科学的あるいは社会的な意味での環太平洋火山帯の現状です。

Is the Ring of Fire becoming more active?
Nikkei Asian Review 2018/04/04

環太平洋火山帯の活動はさらに活溌になっているのか?

インドネシアのリゾート地バリ島にあるアグン山が昨年 9月に振動を記録し始めた時、当局は、この火山が 1963年に起こした壊滅的な噴火を思い起こし、バリ島の住民たちに避難を命じ始た。その後、アグン山の火山性地震は 11月21日まで続いた後、最終的には噴火が始まり、14万人もの人々が避難した。それから 4ヵ月以上が経過したが、いまだ活動は収まっていない。

日本では、今年 1月23日、東京から北西約 150キロメートルに位置する草津白根山が、直前まで目立った予兆もなく突然噴火したことは、専門家たちを驚かせた。この噴火では、噴石により自衛隊員 1名が死亡した。

同じ頃、フィリピンにあるマヨン山が、灰と溶岩を噴出し始め、56,000人以上の周辺住民たちが避難している。

その後、2月中旬に、インドネシアのスマトラ島にあるシナブン山が高さ 7キロメートルに及ぶ噴煙を上げる大噴火を起こした。住民たちは避難し、子どもたちが泣き叫ぶ様子が報道された。

シナブン山の噴火の後、2月下旬にはパプアニューギニアでマグニチュード 7.5の大地震が発生した。これは、この地域では過去1世紀で最悪の地震となった。そして、この月の初めには、台湾の花蓮県でマグニチュード 6.4の地震が発生し(2018年花蓮地震)、17人が犠牲となった。

このような落ち着かない出来事が連続して起きている日本、フィリピン、インドネシア等は「環太平洋火山帯(Ring of Fire)」と呼ばれている太平洋を囲む馬蹄型の形をしたベルト状のエリアの上にある。この環太平洋火山帯には、世界で最も活発な火山の約 4分の 3が存在する。

一部の専門家たちが「比較的落ち着いた地震活動の時代」だったと呼ぶ 20世紀が終わり、現在の 21世紀は、劇的な地震と火山の噴火の増加を見せている。

たとえば、この 21世紀の最初の 18年間(2001年1月〜 2018年3月)まで、世界では約 25の火山の噴火が観測された。比較すれば、20世紀は全体を通して観測された火山噴火は 65だったので、ペースとしては相当増えていることになる。

インドネシアには 127の火山がある。その半数以上は、その火山活動のために継続的に監視される必要がある。オーストラリア国立大学のアンソニー・レイド(Anthony Reid)氏は、「実際に起きていることを書けば、インドネシアのスマトラ島からジャワ島、バリ島、そして、ティモールまでのインドネシアの火山の連鎖構造が、世界の構造的境界面の中で最も危険なものとなっています」と述べている。

インドネシアは 20世紀に穏やかな地震活動の時代を過ごしたが、事態は変化していく可能性があるとレイド氏は警告している。そして、「そもそも、インドネシアでの(地震と火山噴火による)死者数は、すでに 20世紀を上回っているのです」と述べる。

インドネシアでのこの大規模な死者数は主に 2004年のインド洋の大津波によるものだ。これはスマトラ島北部のマグニチュード 9.2の地震に伴うもので、記録に残っている上での地球で起きた地震の中で3番目に大きなものであった。この津波により、インドネシアのアチェ州では津波により約 24万人が死亡した。

フィリピンには約 300の火山がある。そのうち 24の火山が「活発」であるか、過去 1万年間に少なくとも 1回の噴火を記録しているとフィリピン火山・地震学研究所(Phivolcs)の責任者レナト・ソリドゥム(Renato Solidum)氏は言う。

フィリピン火山・地震学研究所は現在、カンラオン山とマヨン山の他、そこから 70キロメートル離れたブルサン山も同時に監視している。この中でも、マヨン山は、17世紀から 60回も噴火している活溌な火山だ。

地震は地上で発生した場合には、建物やインフラを崩壊させ、海底で発生した場合には、津波を発生させる可能性がある。 2011年3月の日本でのマグニチュード 9.0の地震では、その直後に起きた津波により、約 16,000人が死亡した。

インドネシアは、4つの主要なプレート(ユーラシア、インドオーストラリア、太平洋、フィリピン)の構造の中にあり、世界で最も地震の多い地域だ。メガトラスト・セグメントと呼ばれる 2つのプレートの会合地点は、ジャカルタ近くのスンダ海峡とジャワ南部の海の間に広がっている。ここ数年、インドネシアでは、大きな地震を経験していないが、首都ジャカルタに影響を与える可能性のある大きな変化があるとという懸念がある。

インドネシア科学院の地震地質学者ダニー・ヒルマン・ナタウィジャジャ(Danny Hilman Natawidjaja)氏は、「私たちはそれを地震空白域(Seismic gap)と呼んでいます」と言う。「非常に大量のエネルギーが蓄積している可能性があるため、発生した場合に大地震となる可能性を秘めていることを意味します」と述べる。

ナタウィジャジャ氏は、「マグニチュード 8.5以上の地震が発生する可能性は高いと思われますが、それがどのように起きるかどうかを知る術はないのです。しかし、この数年のうちに、あるいは今後数十年の中でそのような地震が起きる可能性があるのです」と言う。

火山の噴火も地震も自然の確かな現象だが、その発生を予測することは非常に困難だ。

世界的に連鎖する大災害

20世紀の相対的に穏やかだった火山活動が、21世紀に入ってからは信じられないほど恐ろしい活動を見せている。

世界で初めて火山の噴火が報道されたのは 1883年 8月27日のことで、インドネシアのクラカタウ火山の噴火の際だった。潜水艦による電信やニュース配信網の出現で、世界の主要な都市で、クラカタウ火山の噴火はリアルタイムで報じられた。

クラカタウ山の噴火は、世界で初めてのグローバル・ニュース報道であっただけでなく、大自然が遂行した真の世界的な環境災害でもあった。クラカタウ山の噴火によって地球の上層大気の汚染が 5年間続き、世界的に気候に影響を与えたために、世界のすべての地域で気候と食糧生産が影響を受けた。

クラカタウの噴火はその被害の様相も壊滅的だった。その際の噴火で犠牲となった 35,000人のうちの多くは、その噴火により発生した津波の被害者だった。当時の東インド諸島の人口は約 3,400万人で、現在の 2億6,600万人の約 13%だったことを考えると、将来同じような事象が起きた際の被害の可能性が示唆される。

それ以来、この地球では同じような規模の噴火は起きていない。つまり、今、地球に生きている私たちの中で、このクラカタウの噴火の経験者はいないのだ。

1980年には、アメリカのセントヘレンズ山が噴火し、1991年には、フィリピンのピナツボ山が噴火して 800人以上が犠牲となったが、どちらも、クラカタウの噴火と比べると規模の小さなものだった。

しかし、1883年以前には、たとえば 1815年にインドネシアのタンボラ山の噴火により 9万人が死亡した。この時のタンボラ山の噴火は、クラカタウ山の 10倍のエネルギーがあったと考えられており、記録に残る中では、地球上で最も強力な噴火だったと考えられている。

1815年のインドネシアのタンボラ山の噴火の際にも、その噴火による雲が世界中の空を覆い、世界は寒冷化した。そして、各地で飢饉、疫病の流行、社会不安を引き起こした。スイスでは食糧暴動が起き、中国の雲南省では異常な冬となった。

そして、翌年 1816年は各地が「夏のない年」として記憶された。

警報体制は整っているが

インドネシアの火山群は、火山地質災害緩和センター(PVMBG)によって監視されている。

1963年にアグン山が噴火したとき、その噴火は 1年間続き、約 1,500人が死亡したが、当時のスカルノ大統領は、政治的理由でアグン山の噴火に関するニュースを報道管制により押さえ込んだ。

火山地質災害緩和センターによれば、1815年のタンボラ山の噴火のような壊滅的な大噴火が起きる可能性は非常に低いという。また、仮にあったとしても、そのような大規模噴火では一般的に事前の徴候があるために、警告や避難の時間的余裕はあると述べている。

日本においても新たな発見があった。神戸大学海底探査センターの巽好幸(たつみ よしゆき)教授たちのチームが、今年 2月に発表した論文で九州の南約 50キロメートルの場所にある海底火山「鬼界カルデラ」に巨大な溶岩ドームの存在を報告している。この「鬼界カルデラ」は、先ほどのインドネシアのタンボラ火山より 10倍強力な火山爆発指数(VEI 8)に属している。

(※ 訳者注) このことに関しては、以下の過去記事に比較的詳細に書いてありますのでご参照いただければと思います。

「噴火すれば最悪1億人が死亡と想定」 九州南方にある鬼界カルデラの活動の徴候の報道から再び「破局噴火の時代」をおもう

2016年11月20日
サイクル的にはいつ起きても不思議ではない日本のカルデラ噴火

このブログでは、過去に何度か「カルデラ噴火」というものについて書いたことがありました。カルデラ噴火は「破局噴火」とも呼ばれます。

記事で取り上てきました理由は、局地的な文明を絶滅させる自然現象としては、巨大な彗星や小惑星の衝突と並ぶほどの事象だと考えられるからです。

火山活動によって作られた円形などの窪地のことですが、普通の噴火とカルデラ破局噴火は何が違うのかといいますと、カルデラ噴火は、このカルデラにおいて「窪地の面積ごとマグマが噴出する」という大規模な噴火のことです。冒頭のイメージは、科学誌ニュートンにあるもので、九州での過去のカルデラ噴火を想定して描かれたイラストですが、このようなマグマの噴出の規模が著しい噴火となります。

とはいっても、カルデラ噴火は、ほとんど起きるものではなく(日本での発生頻度は約 6000年に 1度程度)、近代文明史の中で起きたことはありません。日本では約 7300年前に九州南方にある鬼界カルデラがカルデラ噴火を起こして以来、起きてはいません。

つい先日、九州南方にある鬼界カルデラのマグマが「活動的である」ことを示す調査について報道されていまして、そのことについてご紹介しておこうと思います。

被害想定は最悪「死者1億人」の衝撃

報道は下の通りです。抜粋したものですので、全文をお読みになりたい場合は、リンクから神戸新聞のサイトでお読み下さい。

九州南方海底に活動的マグマか 神戸大が確認
神戸新聞 NEXT 2016/11/18

神戸大学海洋底探査センターは18日、九州南方の海底に広がるくぼみ「鬼界(きかい)カルデラ」を調べた結果、熱くて濁った水が海底から湧き出る「熱水プルーム」を5カ所で確認した、と発表した。

海底からの高さは最大約100メートルに上る。現時点では噴火予測はできないが、カルデラ直下のマグマが活動的であることを示しているという。

同センター長の巽好幸教授(マグマ学)のチームは10月13~27日、大学保有の練習船「深江丸」を使い、鹿児島県の薩摩半島南約50キロに位置する鬼界カルデラ(直径約20キロ)内で、ドーム状に盛り上がっている場所などを調べた。

音響測深装置で、水深約200~300メートルの海底に向けて船から音波を出し、反射波を観測。少なくとも5カ所で、海底からの高さ数十メートル~100メートル程度の熱水プルームを見つけた。

鬼界カルデラは約7300年前に噴火を起こし、九州南部の縄文文化を滅ぼしたとされる。

巽教授によると、こうした超巨大噴火は日本では過去12万年で10回発生。実際に起これば国内で死者が最悪約1億人と想定している。


というものです。

この記事に出てきます鬼界カルデラの大体の位置は下のようになります。

kikai-caldera-map.gif

この記事の最後は、

> 実際に起これば国内で死者が最悪約1億人と想定している。

という物騒なものとなっていますが、ただ、この死亡者1億人というのが今回の調査での鬼界カルデラ単体のこととは思えず、おそらく他のカルデラ噴火を含めての想定ということなのでしょうけれど、いずれにしても、こんな数の想定をしていたということは、初めて知りました。

単一の自然災害において「1億人の死者の想定」というのは、まさに物騒中の物騒といえることで、「ザ・キング・オブ・ザ・物騒」というような称号も与えられようかと思われるものですが、その数に反応して、この記事を取り上げたというような次第です。

そもそも、この数が自然災害での被害としては、どのくらいものすごいものかといいますと、たとえば、

1995-2015年の過去20年間で地球の自然災害で死亡した人の総数が「135万人」に上ることがベルギーの自然災害データベースにより判明

2016年10月14日
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約7000の大規模自然災害が起きている21世紀初頭

この 1996年から 2015年の間に発生した自然災害(自然災害とする規定は EM-Dat の基準によります)の数は 7056件にのぼります。

単純にこの数を 20年で割れば、1年に 350件ほどの数となり、平均では「毎日一回の大規模自然災害が地球のどこかで起きている」というのが、21世紀初頭の地球です。

とはいっても、現実には、そのように大きな死者を伴う自然災害が平均的に起きているということではなく、たとえば、過去 20年間の死者数の推移は下のようになります。

1996年から2015年までの自然災害死者数の推移
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2004年のスマトラ沖地震と、2010年のハイチ地震の災害規模があまりにも大きく、日本で震災のあった 2011年はあまり目立たない年となっています。

後ほど記しますが、スマトラ沖地震の津波による死者は EM-DAT では、インドネシア、スリランカ、インドの3カ国で 22万2745人、ハイチ地震の死者数は 22万2570人となっています。

ただ、この数値もいろいろなものがあるようで、ハイチ地震に関しては、Wikipedia では 31万6000人となっています。



ハイチの地震については、ハイチという国の人口が 1032万と、日本の 10分の 1以下なのですが、そのような国での一度の地震(余震を含む)の死者が 22万人というのは、これは例えとしては良くないものですが、日本のような 1億人を超えるような人口の国で同じ比率での死者数が発生した場合、200万人というような、とんでもない数となるもので、ハイチの地震がどれだけものすごいものだったか今にして思います。

このような大きな地震があったこともあり、この 20年間の自然災害での死者数をカテゴリー別にしますと、次のようになっていました。

1996年から2015年までの災害のカテゴリー別の死者数

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1996年から2015年までの20の死者数の大きかった自然災害(国別)
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・2010年01月 地震(ハイチ) 死者数 22万 2570人

・2004年12月 津波(インドネシア) 死者数 16万5708 人

・2008年05月 サイクロン(ミャンマー) 死者数 13万 8366人

・2008年05月 地震(中国) 死者数 8万 7476人

・2005年10月 地震(パキスタン) 死者数 7万 3383人

・2010年01月 寒波(ロシア) 死者数 5万 2736人

・2004年12月 津波(スリランカ) 死者数 3万 5399人

・1999年12月 洪水(ベネズエラ) 死者数 3万人

・2003年12月 地震(イラン) 死者数 2万 6796人

・2003年7月 熱波(イタリア) 死者数 2万 89人

・2001年1月 地震(インド) 死者数 2万 5人

・2010年-2011年 干ばつ(ソマリア) 死者数 2万人

・2011年03月 地震(日本) 死者数 1万 9846人

・2003年7月 熱波(フランス) 死者数 1万 9490人

・1999年08月 地震(トルコ) 死者数 1万 7127人

・2004年12月 津波(インド) 死者数 1万 6389人

・2003年7月 熱波(スペイン) 死者数 1万 5090人

・1998年10月 ハリケーン(ホンジュラス) 死者数

・1999年10月 サイクロン(インド) 死者数 9843人

・2003年07月 熱波(ドイツ) 死者数 9355人

という過去記事では、このタイトルにありますように、

「過去 20年間の自然災害での死者数は 135万人だった」

というベルギーのルーベンカトリック大学災害疫学研究所のデータベースをご紹介したものでした。

これは年によってその数は違うものですので、平均値を示すのは本来ならおかしいのですが、まあ一応、20年間で 135万人ということは、「過去 20年間の地球では平均として1年間に7万人弱が自然災害で亡くなっていた」ということになります。

この数から比べてみますと、破局噴火の最悪死者数想定1億人というのは、その何百倍にも何千倍にも相当する途方もない数だということが何となくわかります。

また、これは局地的な被害にとどまらないはずで、巨大な破局噴火が起きれば、噴火した場所から遠く離れた国や地域であっても、火山灰などにより気温や日照などの影響を受けます。おそらく全世界規模で、太陽日射がかなりの期間遮られることになり、その影響も、正確なところはともかく、かなり長く影響するはずです。

下は 536年の東ローマ帝国の様子ですが、これは、前年の 535年に、インドネシアの火山が巨大噴火を起こしたものによると考えられていますが、1年以上も「太陽が暗い状態」が続いていたことが記されています。

東ローマ帝国の歴史家プロコピオスの西暦536年の記述

昼の太陽は暗くなり、そして夜の月も暗くなった。

太陽はいつもの光を失い、青っぽくなっている。

われわれは、正午になっても自分の影ができないので驚愕している。

太陽の熱は次第に弱まり、ふだんなら一時的な日食の時にしか起こらないような現象が、ほぼ丸一年続いてしまった。

月も同様で、たとえ満月でもいつもの輝きはない。


歴史家であり教会指導者ヨーアンネースの西暦536年の記述

あのような太陽からの合図は、いままで見たこともないし報告されたこともない。

太陽が暗くなり、その暗さが1年半も続いた。太陽は毎日4時間くらいし照らなかった。照ったといっても、実にかすかだった。

人々は太陽が以前のように輝くことは2度とないのではと恐れた。

この「太陽が暗くなった原因」というものが、本当にひとつの国での火山噴火だけで説明できるのだろうかという気は以前からしていました。そして、火山噴火の影響による災害が、干ばつから洪水から、あるいは伝染病の世界的な流行にまで及ぶものだろうかとも思います。


それはともかくとしても、この後、6世紀にはほぼ全世界を異常気象と、伝染病の大流行が覆います。ヨーロッパの各地ではペストの大流行があり、アジアでも天然痘と思われる病気の猛威が吹き荒れました。

日本でも 530年代に発生した天然痘だと考えられる大流行は大変なものだったようで、デイヴィッド・キーズの著作には以下のような描写があります。

『西暦 535年の大噴火』より

異常事態が起こった。ひどい伝染病(おそらく天然痘)が日本で発生したのである。多くの人びとが亡くなった。日本では何世代も前から天然痘が流行したことはなかったので、免疫もほとんどなかったに違いない。

「国に疫病がはやり、人民に若死にする者が多かった。それが長く続いて、手だてがなかった」と『日本書記』には書いてある。

伝染病が流行した地域は、おそらく人口密度の高い地域だったのだろう。そうした地域では、人口の六割が死亡したと推定される。とくに被害に大きかった地域では、住民の九割が罹患し、生き残れたのは三割だけだったと思われる。


上でふれました『太陽活動と景気』の中にある下のような「病気と地磁気の関係」
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を見ますと、当時、確かに火山の噴火、あるいは彗星などの衝突など何かの大きな自然災害があったとは思いますが、同時に、太陽活動にも何か極めて異常な磁気活動が起きていたのではないかという気もするのです。

太陽活動の観測が始まったのは 1600年代ですので、6世紀の太陽活動の状態を知ることは無理っぽいですが、535年からの数十年間というのは、世界中が混沌とした時代だったことは明らかで、それも、経済や戦争などの方面の混沌ではなく、

・天変地異と異常気象
・病気の流行

なのですが、どうも読み直してみると、当時の時代と、ごく最近の時代が「起きていることが似ているような気がする」のです。

ただまあ、それは私だけがそう感じただけかもしれませんので、上記したデイヴィッド・キースの著作から当時の世界の自然現象をまとめた部分からアジアを中心として、かなり飛ばし飛ばしですが、抜粋してみたいと思います。

6世紀中期の気象異変
デイヴィッド・キース著『西暦 535年の大噴火』 第9章「いったい何が起きたのか」より


「太陽から合図があったが、あのような合図は、いままでに見たこともないし、報告されたこともない。太陽が暗くなり、その暗さが1年半も続いたのだ。太陽は毎日4時間くらいし照らなかった。照ったといっても、実にかすかだった。人々は太陽が以前のように輝くことは2度とないのではと恐れた」

これは、わが地球が 535年から 536年に遭遇した運命について、6世紀の歴史家で優れた教会指導者だった「エフェソスのヨーアンネース」が書いた言葉である。この終末論的な文章は、彼の偉大な歴史書『教会史』第二巻に収載されている。

(中略)

異常現象は、地球の反対側でも記録されていた。『日本書紀』によれば、天皇は詔の中で飢餓と寒さを憂えていた。

中国でもこの天災は年代記に詳述されている。 535年に、中国北部で大干ばつが生じた。『北史』はこう伝えている。「干ばつのため勅令が下された。『首都長安とすべての州以下各地域にいたるまで、死体は埋葬すべし』という内容だった」

この干ばつはすぐさま厳しさを増し、通常なら豊穣ないし、ある程度豊穣な耕地が何十万、何百万平方キロメートルも干上がってしまった。資料は、大規模な砂嵐が猛威を奮い始めたことを記している。

すなわち、 535年の 11月 11日から 12月 9日、南朝の首都だった南京に、空から砂ぼこりが大量に舞い降りてきたのだ。「黄色い塵が雪のように降ってきた」

『北史』によれば、干ばつの悪化に伴い、中国中部の陝西(せんせい)地方では 536年に人口の7~8割が死亡した。人々は人肉を食べざるを得なかった。

何ヶ月か経過するうちに、天候はますます奇妙になってきた。『北史』の記述によると、 536年 9月には中国北部の各地でひょうが降り、「大変な飢饉になった」。

537年 3月になると、中国北部の9つの地域であられが降り、干ばつが発生した。538年に入ると干ばつは終焉を告げたが、気象異変は依然として続き、今度は大洪水が何度も発生した。この年の夏には「カエルは樹の上から鳴いていた」と記されている。車軸を流すような豪雨だったのだ。

朝鮮半島でも事態は急を告げていた、 535年から 542年は、前後 90年間( 510- 600年)で最悪の天候が続いたと記録されている。

6世紀中期の気象異変は、アメリカにも、ロシアの草原地帯にも、ヨーロッパ西部にも、そして、その他の地域にも影響を及ぼした。だが多くの地域は記録を残していない。

(中略)

ほかにも、6世紀中期の気象異変を伝える資料としては、年代的にそれほど精密とは言いがたいが、川の氾濫、湖面の高さ、そして考古学的調査結果がある。特に劇的だったのは、現在の南米コロンビアのサン・ホルヘ川流域の低地の調査で、それによると、過去 3300年間で洪水時の水位が最低だったのは6世紀中期だった。

さらには、メキシコのテオティワカンの人間の骸骨は、6世紀中期から末期に大飢饉がこの都市を襲い、その直後にこの都市が滅亡したことを強烈に示唆している。

ペルーでは、考古学的な証拠が6世紀の異常事態を示していた。つまり、ナスカ文化が地下水路を必死に建設した事実である。

アラビア半島のイエメンでは、540年代に巨大ダムが大洪水で決壊した。

(中略)

資料と年輪、それに考古学資料のすべてが「6世紀中期は、異常な悪天候に見舞われた時期だった」ことを指し示している。日光は薄暗くなり、地球に届く太陽熱は減少し、干ばつ、洪水、砂嵐が起こり、季節外れの雪と特大のひょうが降った。

(編者注) この中に出てくる「干ばつ」、「洪水」、「豪雨」、「ひょう」、「砂の嵐」など、他の様々も含めて、あまりにも激しい自然の異常現象は今の地球がリアルタイムで経験していることであることは事実です。それに関して「似ている」と感じた次第なのですが、ただし、まだ起きていないことがあります。

それはまだ、「太陽は暗くなっていない」という事実です。

西暦 535年に太陽が暗くなった原因はわかっていませんが、私たちも「暗い太陽」というのを見ることになるのかどうなのか。

などに記しています。この6世紀に、記録が残っているほぼすべての世界で示されている異常な状態の原因は、確定したものではないですが、インドネシアのクラカタウ火山が 535年に噴火したものによるものではないかという説が最も強いとされています。

近代文明の中で連絡システムが世界中に広がったこの 200年くらいの間には、カルデラ噴火のような破局的な噴火は起きていませんので、現在の世の中で起きた場合にどうなるかはよくわからないですが、しかし、破局噴火を含めて、「今の日本は最前線」だということはできます。

巽教授によると、約7300年前に最後に噴火したこの鬼界カルデラの溶岩ドームの中に圧力が高まっているという。

同時に巽教授は、世界中の火山学者たちにしても、実際に世界最大級のような火山の噴火が起きた時に具体的にどうなるのかということについては、ほとんどわかっていないと述べている。「たとえば地震のような前兆はあるだろうとは思いますが、まだ人類の文明は、超巨大火山の噴火発生のメカニズムを解き明かしてはいないのです」と巽教授は述べる。

巽教授は、日本の鬼界カルデラが噴火した場合、最悪では 9000万人が死亡する可能性があるとしている。その場合、大阪では 50センチの降灰があり、東京でも 20センチの降灰を予測している。

他にも、火山爆発指数が 8(VEI 8 =火山の爆発指数で最大)の噴火をしたと考えられている超巨大火山が世界には十数ある。アメリカのイエローストーン、ニュージーランドの北島、そして先述したインドネシアの火山、日本の九州南部にある姶良(あいら)カルデラなどだ。

超巨大火山の噴火は極めて稀にしか起こらない。しかし、その数字と「現実」を冷静に比較すると、その「稀」という概念はあまり気休めにならないかもしれない。

たとえば、先ほどの日本の鬼界カルデラが今後 100年の間に噴火する可能性は、巽教授によれば「 1%」だ。しかし、1995年に神戸で発生した阪神・淡路大震災は、それが起きるまで「そのような地震が起きる確率は 30年で 1%」だった。

つまり、「 100年間で 1%」という概念は同時に、「いつでも起きる」という捉え方ができる概念でもあるのだ。

21世紀に入ってから、「特に大きな地震が飛躍的に増えた」ということは言えそうで、超巨大地震(M8以上)はともかくとして、マグニチュード 6から 7の地震が 21世紀になってから、激しく増加しています。

earthquake-history-2010.gif

下のグラフは、地震数ではなく「被害の推移」ですが、21世紀の地震被害の突出ぶりがおわかりになると思います。

earthquakes-usgs-21c.jpg

これを見ますと、 21世紀の地震による被害は、20世紀と比較すると「桁違い」だという感じになっていることがおわかりになると思います。

しかし、21世紀に入ってからも 2004年までは大きな人的被害が発生するような地震は世界のどこでも起きていませんでした。

それが、下の地震が発生してから、どうも「地球は変わった」ようなのです。

・2004年12月26日 インドネシア・スマトラ島沖地震 - M 9.3 / 死者・行方不明者 22万 7,898人

その後もインドネシアでは、大変な数の犠牲者が出る地震が続きます。

・2005年3月28日 インドネシア・スマトラ島沖地震 - M 8.6 死者 2,000人

・2006年5月27日 インドネシア・ジャワ島中部地震 - M 6.2 死者 5,000人以上

・2006年7月17日 インドネシア・ジャワ島南西沖地震 - M 7.7 死者 500人以上

・2009年9月30日 インドネシア・スマトラ島沖地震 - M 7.5 死者 1,100人以上

・2010年1月12日 ハイチ地震 - M 7.0 死者 31万 6000人以上

・2010年10月25日 インドネシア・スマトラ島沖地震 - M 7.7 死者400人以上

そして、翌年の 2011年の春に、

・2011年3月11日 東日本大震災 - M 9.0 死者・行方不明者約 2万 4000人

という未曾有の地震(津波)災害が発生するに至ります。

今は、21世紀に入ってまだ 18年目ですが、インドネシアにおいては、今回の地震が起きる以前に、「 21世紀の地震の死者数が、すでに20世紀全体の地震の死亡者数を超えた」と伝えられています。

日本も実は、1923年の関東大震災(死者 約 10万5000人)を除けば、21世紀の地震での犠牲者数は 21世紀全体を超えていると思われます(大ざっぱな計算では 20世紀全体の日本での地震による死者数は約 2万人。21世紀は東日本大震災だけでそれを超えているため)。

ある世紀の全体の 5分の 1も通過していない時点で、

「その前世紀の約 100年間の地震による犠牲者総数をすでに超えた」

という事実が、インドネシアと、そして日本にあるのです。

いろいろと合理的に理由をつけてみようとしても、とにもかくにも、これはすごいことだと思います。

世界全体に当てはまることではないとはいえ、

「少なくとも太平洋火山帯は、地震の時代のほんの始まりに入ったに過ぎない」

と言えそうな感じさえあるのです。

気象は荒れる、気温もカオス、そして地震と噴火も絶え間ない……という状態を何となく私たちはクリアとながら生きていますが、過去から見ますと、今はどうやら「とんでもない時代」でありそうなのです。

そして、2004年のインドネシアの巨大地震から始まった「短い期間での巨大地震のサイクル」の間隔は「さらに狭まってきている」と感じています。

これに関しては、それほど具体的な根拠があるわけではないので、あまり詳しく書けませんけれど…。

2004年のスマトラ沖大地震から東日本大震災までの期間は、約 6年3ヵ月ほどでした。しかし、今回のインドネシアの地震の報にふれ、巨大地震と巨大地震の間隔がさらに狭まっているのかもしれないと漠然と感じます。

今の日本は、たとえば、わりと少し前の台風 21号では関西空港が機能停止となり、北海道の地震では、現代文明の根幹である「電気」がブラックアウトにより、全面的に使用できなくなりました。

これが巨大津波や巨大洪水となると、文明への攻撃性と破壊性はものすごいものがあります。

そのような「人間の文明を根本的に攻撃してくる自然の脅威」が、あまりにも短い間隔で頻繁に起き続けている。

私たち人間は、そういう状況にわりとすぐ慣れたり対応したりしていくために、何となく忘れがちですが、はっきりいえば、

「もはや異常な世界」

になっていると断言してもいいのだと思います。

これが来年、そして次の年と、仮に「さらにこれらの自然の脅威が増大していくとしたら」と考えますと、どこかの時点で、私たちの文明維持に問題が出て来る局面も出てくるのかもしれません。

最終更新:2018/10/01 12:48

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