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2016/02/02 16:49

正月勾玉神事(前回のブログ 2016.1.14)に参加した後、ここから30分ほど離れたところにある
「森将軍塚古墳館」に行きました。

全長100Mの前方後円墳で長野県では一番大きな古墳です。
この古墳についてはネット上で詳しく説明されているので改めてご紹介するのは省きますが、
ここで驚いたのは長さ3.9cmと大型で、形も良く薄緑から白色の透明度の高い勾玉です。

magatama7

透明度の高い勾玉といえば、
出雲大社や奈良県の橿原考古学研究所付属博物館にある勾玉が特に有名ですが
その他ではお目にかかる機会が少ない勾玉です。

期待していなかっただけに喜びも一入でした。
勾玉に関心のある方はぜひ見学されます事をお勧めいたします。

また、この古墳のブログは数人の方が書いていますが
古墳の話「森将軍て誰やねん」は大変面白かったです。
その中に次のような記事が載っています。

『面白いことに森将軍塚古墳は、最後の盗掘者の名前が明らかになっている。
それは幕末生まれの「塚掘り六兵衛」こと北村六左衛門で、明治時代に石室の
短辺側の壁(上写真の手前側)に穴を開け内部に侵入した。

しかし、値打ちのあるものは六左衛門以前の盗掘者によって持ち出されており、
全くの骨折り損であったという。
彼は他の塚にも穴を開け、勾玉などを売って小遣いにしたほか、
石材などを運びだして田畑の土木整備に利用したという。

盗掘者というと一攫千金を狙う盗賊のようであるが、その実体は六左衛門のように、
付近の農民が塚を掘って売れそうなものを拾ってくる程度のことが多かったのでは
なかろうか。六左衛門は近所の子供に飴をやって穴掘りを手伝わせていたという。
もちろん古い塚を掘り返して小遣い稼ぎをすることに抵抗を感じる人も多かったで
あろうから、「塚掘り六兵衛」の異名には、近所の人の六左衛門に対する恐れと
軽蔑が含まれていたと思われる。』


江戸時代後期には勾玉や石器などカメに入れて保存されている方が結構多くいて
同好者間で情報交換していたようです。

勾玉神社のある松代町でも良い勾玉は江戸に持参して生活の足しにしていたかもしれませんね。
佐久間象山 の実家と神社とはそう遠くないですから大いに活用していたかもしれません。

omuro
(大室古墳群)

この記事を書くのに「千曲市森将軍塚古墳館ガイドブック(監修 : 千曲市教育委員会)」
を参考にさせていただいた。

最終更新:2016/02/02 16:49

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