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2020/05/01 17:35


総見院正門。安土桃山時代の代表的な建築様式。本能寺の変で斃れた織田信長の葬儀が行なわれ、織田信長他一族の墓がある総見院さんの特別拝観。


正門の前には信長公廟所の石碑


受付を済ませ本堂へ。椿の木が植えられ花が咲いています。


名札があるとありがたかったのですが札は無し。


淡い桃花の椿の花も。


このような花も咲いていました。


境内は明治の廃仏毀釈によって荒れ果てたとのこと。本堂では信長坐像を拝むこともできました。


境内には三室の茶室があり、椿の花咲く何種かを見ることができました。この花はもちろん胡蝶侘助。


気品あふれる桃花


斑入りの赤一重の椿。


大徳寺大茶会では総見院方丈で秀吉が茶をたてたといわれ、現代によみがえっています。香雲軒の茶室。


その庭には春蘭が花が見られるのでした。


春を感じさせる春蘭です。


加藤清正が朝鮮より持ち帰った石で作られたといわれる掘り抜き井戸に出会えました。


その井戸の前には加茂川の真黒石が置かれていました。昔はいくらでもあったのでしょうか。おそらく何百年という歳月。磨がかれたのでしょうね。この真黒石が砕かれ、その昔あったといわれる水車小屋にて細かく砕かれて釉薬に。楽焼初代長次郎の妻の祖父 田中宗慶は豊臣秀吉から聚楽第の一字、楽の印を授かったといわれる歴史があります。その水車小屋のあったとされる新聞記事が当方の若い頃にありましたので戦後まで加茂川真黒の釉薬は水車小屋で作られていたと思われます。その名残りは今でも見ることが万年青の展示会に見られます。丸薬のような小さな丸い玉、黒く光っているのです。その丸い玉が楽焼の植木鉢に植えられた万年青の回りに飾られ、意匠的に使われていることが今日見ることができます。


この椿豊公、お手植えの胡蝶侘助。近年枯れたとの伝えがあっても、やはり胡蝶侘助の花が咲いているのです。


幹回わりを見ますと、古木よりひこばえが育ち完全に枯れることはなかったことが幸いでした。


元気に咲いている胡蝶侘助の姿がありました。


そして探したのです。斑入りでない本来の侘助の花が咲いていないか。それが期待を裏切らず咲いているのでした。有楽(太郎冠者)の子、侘助を証明するがごとく咲いているのです。長い歴史の中でウィルス病に罹病したと考えられる胡蝶侘助。


葉の茂った空間に、秘やかに一輪の胡蝶侘助。斑のよく入った胡蝶侘助ですが、これなどはウイルスによって色素の生成が阻害され白抜けになっています。このことを白斑といって侘助という名前から、いつの時代か胡蝶侘助と呼ばれるようになりました。


白斑の抜けた胡蝶侘助を見ることがこの枝にも。寺伝によれば「豊公、利休から譲り受けとされ」400年の歴史。それは植えてからであって、その当時侘助と呼ばれたこの胡蝶侘助は、おそらくは洛中随一の秀吉好みの、巨木であったと思われるのです。


信長公とその一族の墓碑です。




最終更新:2020/05/05 12:02

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