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2020/03/02 13:36


いきなり炭俵にて誠に申しわけございません。昔は納屋といて物置があり、そこにこのように日常使われるものが置かれていました。 元々この炭俵は平成13年オープン当時は下の土間に置かれていたとのこと。いつしかこの上移動となったようです。そして月日ととも俵もゆるんできているとのこと。


「こも」といいまして「カヤ」で編んだ「むしろ」を梱包資材として昔は利用していました。
山で炭焼きしている間に編んだものと思われ、カヤとはススキ等のイネ科植物をいうのですが、昔は全部自給。炭焼き職人さんによって丸型、四角形といろいろであったと思われます。


側面は各炭焼き職人の特徴が出た知恵ですねえ。自然を上手に利用した炭俵だったことがわかります。


そのコモも縄からすべて手作り、カヤを刈り採り、夜なべの仕事に編まれたことかと。


こちらは丸型の炭俵。木の枝、多分マルバノキではと思うのですが、柔軟性があって粘りがある特性から利用されたかと思います。作られた当時は木の葉もたくさん付いていたはずでは。よく見ると、炭の大きさが小さいのではと思えます。
そして下段の炭俵はより細かい木の枝を利用して細かい網状にしてあり、強度を増すのに板を利用。きっと炭もより細かいのかもしれません。焼き上がった炭を大きさを決め、規格によって等級を作られていたのではと思われます。


この小屋は時代劇を見る思いがいたします。重さを計る天秤棒。三度笠と簑笠、そしてわらじと今では見ることのできない代物。土間には稲わらで編んだむしろが積まれています。このむしろはその昔農家にはなくてはならないもので、口入といってこのむしろを袋状にして、物資の輸送に使われたものです。もちろん馬に乗せての時代。でも昭和の時代の50年代まで物流に使われていました。


そういっておれば馬小屋があって、その当時の宿場の様子がわかるように再現されていました。


蔵だったと思うのですが、そこには大名行列の様子がわかるように人形が作られ、当時の宿場がどのような役目をしていたかをよくわかるようになっています。


お殿様の籠を中心に行列が行われていたことがよくわかります。


本館である母屋の二階には、東海道五十三次の宿場がミニチュア化されて飾られています。


ここは土山宿です。なる程と思わせる企画です。




最終更新:2020/03/02 13:36

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