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2012/11/21 14:18

はじめまして、
クリスタル岩塩と水にこだわって元気の源を紹介する
”源気商會・楽天市場店”店長の土井と申します。

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今回は弊店で扱うヒマラヤ産クリスタル岩塩についてご紹介させていただきます

2億5千万年前の 太古の海の お塩
クリスタル岩塩を食卓に





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皆様のご健康を心よりお祈りいたしております。


源気商會 楽天市場店

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最終更新:2012/11/21 14:22

このお店で1週間以内に売れた人気アイテム

2012/08/31 22:53

空にはきれいな満月があがっています。今月は2回、満月がみられるそうでこれを「ブルームーン」と呼ぶそうです。

さて、塩の道(宮本常一著)について今夜も書いていこうと思います。

宮本先生はこの本のなかで「ニガリのある悪い塩を買う」という章を書いておられます。その部分を抜粋すると

『塩が奥地の村々に入って、その塩を農家で買う場合、いい塩、つまりニガリの抜けた苦みのない塩は買わないで、多くはニガリのある悪い塩を買います。そして、その塩俵を桶の上とかスノコ板の上に置いて、その下にニガリ(苦汁)を溜めるのです。
なぜ、ニガリを取るのかというと、じつはニガリがないと豆腐ができないのです。大豆のたんぱくを凝固させるものはニガリですから、山の中の人たちが豆腐を食べる事ができたというのは、このニガリがあったからで、それをわざわざ別に金を出して買うのではなくて、少し質の悪い塩を買う事によってニガリを得たということです。』

この本が書かれたのが1979年です。この時代、塩は専売公社によって売られており、ニガリ分の少ない塩が良い塩とされていました。これはその時代の常識のようなもので、宮本先生もここではこの常識にそって「悪い塩」という表現をされています。

しかし、2004年の塩の販売自由化によってこの「良い塩と悪い塩」は奇妙な逆転現象をおこします。つまり、ニガリ分を含んだ塩のほうが自然に近く、身体にも良いという風潮が生まれたのです。

ニガリとは食塩を作った時にでる残液です。
ニガリの主成分は塩化マグネシウムでそのままでは大変苦いもので、とても舐められるものではありません。ニガリを含む塩は水分が多く、湿った塩になります。昔の塩はまさにこれで、サラサラの塩というものは存在していませんでした。

現在、ニガリを多く含む塩は小売り市場で高く取引される傾向にあり、いわゆる「ミネラル分を含むこと」をうたった塩となります。しかし、多くの塩が乱立したことで業界の自主規制として食用塩公正取引協議会は「ミネラル」という言葉を塩の説明として使うことを禁じています。(※源気商會のHPやチラシもこの規制にそってミネラルという言葉を削除するよう現在、改正中です。)

この話は奥が深く、とても一回では書ききれませんので、この後徐々に私が新たに勉強した部分も含めて報告をしてまいりたいと思います。ただ、ここで言いたかったことは時代によって「良い塩」の価値観は変ってきたということです。

高度成長時代に、それまでの色も汚くベタベタしていた塩から、精製され真っ白でサラサラした塩が登場し、しかも安価で手に入れることができるこの「良い塩」に日本人の食卓は統一、席巻されていきました。しかし、食生活の欧米化にともなって現れ始めた「現代病、特に高血圧」の元凶として塩は悪者にされていきます。そこで登場するのが昔ながらのニガリを含んだ「自然の塩」「天然の塩」(※塩の公正マークを取得する場合は、この言葉も宣伝として使うことが許されていません)となるわけですが、一方では安易にニガリ分のある塩を取る事に警鐘をならす人もいます。

答えは一筋縄ではいかないようです。

ひとつ確実に言えるのは、一口に「塩」と言ってもいろいろな塩があるということです。

そして、本当に塩は高血圧の元凶なのか?全ての塩がそれにあてはまるのか?という疑問にもつきあたる訳です。

こういったことについて、またゆるり、ゆるりと書いていきます。

月が本当にきれいです。
少し散歩にでもでてビールでも買ってこようと思います。

本日もおつきあいいただき、誠にありがとうございます。

最終更新:2012/08/31 22:53

2012/08/30 12:34

日本を代表する民俗学者、宮本常一著「塩の道」をひもときながらの塩の四方山話2回目です。

「人は塩なしでは生きていけない。」ということで、日本の山の民は海と無縁では生きられなかったと前回書きました。海から山に塩を運ぶ道が日本には多く残されています。能登でとれた塩を長野、松本の塩留番所のある「塩尻」まで運ぶ糸魚川街道や、清水港(静岡)に入った瀬戸内塩を諏訪、伊那という山中まで運んだ甲州街道は「塩の道」でもあったわけです。

その運搬を担ったのは馬ではなく牛でした。牛たちは道草をはむので餌代がかからず、野宿をするにも足を折って休むので人間たちはその腹に身体をくっつけて寝ることができました。また行った先で牛自体を売ってしまうことができ、牛飼い達は
「帰るときはお金だけもって帰る。途中で少々極道もでき、・・・」というふうに宮本先生は書いています。この途中で少々極道もでき、というところが人間観察者ならではの表現だと思います。(ちなみに馬は藩によって厳しく管理されていたため、気軽に売り買いができなかったらしい。現代の車検制度みたいなものがあったのでしょう。)

そんな道中での危険といえばオオカミで、そのオオカミを呼び寄せるということで道の途中での立ち小便は御法度だったようです。
というのもオオカミが立ち小便に含まれる塩分をなめにくると考えられていたそうで、山を行き来したり山で働く人は自分の小便の始末を命にかかわる重大事としてとらえていたということです。

「血に飢えたオオカミ」という常套句がありますが、小便とはまさしく血液の上澄みですから、「血に飢えたオオカミ」とは「血液に含まれる塩分が欲しい状態のオオカミ」とも言い換えることができるかもしれません。

黙って重い塩を担い、人を暖め、人より先にオオカミに喰われ、最後には売られてしまう牛には「無償の愛」すら感じます。その無償の愛を極道に費やしてしまうのもまた人の性ですが、そんな祖先がこの日本の山中を懸命に歩いていた姿を想像すると、たまの極道も仕方あるまいとも思うのであります。多くの牛と牛飼い達の命に黙祷する夏の終わりです。

次回も宜しくお願いします。

最終更新:2012/08/30 12:34

2012/08/29 00:29

宮本常一(1907~1981)という日本を代表する民俗学者が書いた「塩の道」という本を興味深く読んでいます。すこし、その内容とそれについて感じたことを書こうと思います。

宮本常一という方の略歴などは詳しくは知らないのですが、日本各地の農山漁村を訪れ、そこでどのような暮らしが営まれていたのかを研究された方だということです。学者でありながら百姓でもあったという方で、なかなか面白い先生のようです。

Wikipediaでみると、

柳田国男とは異なり、漂泊民や被差別民、性などの問題を重視したため、柳田の学閥からは無視・冷遇されたが、20世紀末になって再評価の機運が高まった。

と書かれています。画像を検索するとしかめ面ではなく、笑顔が人懐こい感じで、こういう笑顔なら、訪ねられた人も一晩泊めて酒を酌み交わしながら四方山話をしたんじゃないかなという感じがします。

その宮本先生が、日本の塩について書かれているのが「塩の道」です。日本人がどのように塩を手に入れ、どのように流通されたか、また塩にまつわる先人の知恵などを書いています。あまり多くの記述があるわけではありませんが、「へー、そうなんだ!」という話がありますので、少しづつ何回かにわけてご紹介しますね。

今回は山の民がどうやって塩を手に入れていたかというお話。

日本には岩塩はなく、山から塩をとることができませんので、すべての塩は海からとっていました。海水を直に炊いて塩を得るための製塩土器や製塩地の跡が東北の海岸には多くあるそうです。津波の被害を承けた宮城県の塩釜などいう土地にも、まさしく海水を炊くための塩釜が祭られていたそうです。
山の民はこの塩を煮るための材木を海の民に供給し、海の民が塩を焼いて山の民に還元する一種の物流関係があったそうです。
山から木を切り出して、そこに屋号をいれてどこの木であるかをわかるようにしたものを川に落として海まで流したということですから、ワイルドですね。


そんなふうにして山の民は塩を手に入れたわけですが、やはり塩分は不足する。ですから、行商人が運んでくる塩魚は大変貴重なものだったようです。それを宮本先生はこんなふうに書いています。

『大和の山中の人たちなども、塩イワシを買ってくると、けっして煮ないで必ず焼きます。煮たら塩を散ってしまうからです。焼いた日はまず舐める。次の日に頭を食べ、その次の日に胴体を食べ、そして次のにはしっぽを食べるというように、一尾のイワシを食べるのに4日かけるのです。それほど塩というものは、山中では貴重なものでありました。』

海魚を食べることは山の民には貴重な機会だったのでしょう。イワシそのものを味わうというよりはイワシに含まれる塩分を4日にわけて食べたということではないでしょうか。イワナやマスはとれたでしょうから、魚の味に飢えていたのではなく、塩に飢えていたということなのでしょう。山の民がクマやイノシシを狩って食べたのもひとつは塩分補給という側面があったのかもしれません。

私は以前、マタギの熊射ちに同行する機会を得て、とれたて解体したての熊の血をマタギにすすめられるがまま飲んだことがありますが、やはり塩っけを感じた覚えがあります。生臭くもなく今思い出しても美味しいような感じがしました。「これ飲んだら、帰りは飛んで帰れるさ。」と言われましたが、確かに元気が湧いたような気がします。マタギの足についていくのに必死で汗もかき、水分補給も塩分補給もほとんどしない状態で飲んだ血ですから、水分と塩分効果があったのかもしれません。

いまでは日本人の食生活が昔から考えれば異常なほどに豊かになり、イワシを4日かけて食べる人は恐らくいないでしょう。しかし、本当の意味で身体に活力を与える塩の取り方をしているかというと、これは残念ながらノーなのかもしれません。

塩は身体に活力を与えるもので、必要不可欠です。これをいかによい塩梅でとるか、これが健康を維持するための肝なのかもしれません。

話にあまり脈絡がなく、申し訳ありませんが、最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

次回も宮本先生の「塩の道」に触れながら、塩に関する四方山話を書いていこうと思いますので、宜しくお願いいたします。



最終更新:2012/08/29 00:29

2012/08/20 13:37

昨日、近所の仲間とBBQを楽しみました。そこで「岩塩プレート」で焼いた肉を堪能したので、少し使い方などを報告いたします。
実は私自身もはじめての挑戦でしたが、岩塩の塩味が肉汁と溶け合った美味しい牛タンや焼き肉を楽しみました。
まず、心配は岩塩が炭火の熱をちゃんと通すのかな?というものがありましたが杞憂におわりました。
ジュージューと良い感じで熱伝導が行われ、スムーズに肉が焼き上がっていきました。でここで一つ目のポイントですが、まずは岩塩プレート自体を炭火でじっくりと熱したのが良かったのだと思います。十分に余熱をかけ、その熱した面(裏面)をひっくり返して焼き面にすると肉をのせた瞬間にジューと肉が焼き上がります。熱しきらない岩塩に肉をのせると焼くのに時間がかかるばがりか肉がプレートにひっついたりして上手くいかないような気がします。もうひとつのポイントは味の微調整です。はじめは岩塩の溶ける量も少ないのでじっくり焼き上げる感じで良い塩味がつきますが、だんだんと焼きを重ねるうちに肉汁と岩塩がとけあったジューシーな塩汁の部分ができあがりますので、これにあまり浸りすぎると塩味がだんだんときつくなります。好みにもよりますが
このジューシーな塩汁部分ができた段階では、さっとこの部分で味をつけた後は岩塩プレートではない網部分に肉を逃がして熱したほうが良い結果が得られました。ジューシーな塩汁部分にレモン汁などを投入すると良い感じの牛タンが得られそうです。
十分に堪能したあとは水洗いで岩塩プレートを洗いましたらきれいな状態にもどります。まだまだ今シーズン、あるいは来シーズンを活躍してくれそうです。
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最終更新:2012/08/20 13:37

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