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2018/07/19 07:00

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この前の日曜日の朝、四条烏丸を通った時の写真。
祇園祭前祭の宵々山の日の朝です。






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今年は祇園祭へ一度も行かず仕舞いです。








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新しい自転車にサイコンを付けて距離・速度を見れるようにして、
遠乗りとかそっちに行ってます。 暑いけど。



宵々山の日の朝 2018年 夏 (完)
それではまた。。。

最終更新:2018/07/19 07:01

2018/07/18 07:00

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濠川に架かる弁天橋から。

下は十石船の船着場です。






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弁天橋を渡った所にある辨財天 長建寺。

ここはかつてあった中書島遊郭の一角にあり、
遊女達の技芸上達を願っての信仰も集めました。
「宝貝御守り」でもよく知られるお寺です。

真言宗醍醐派の寺院です。








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こういう竜宮門は白漆喰が多いけど、
ここは朱色漆喰に足は木製です。








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御本尊は八臂弁財天。
八臂は、八本の腕です。

境内に池があるお寺では、弁財天がよく祀ってありますが、
弁財天が御本尊というのは京都でここだけとのこと。






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伏見の町並みを包むように流れる濠川。

先日載せましたが、現在は冷泉通から南下してきてる
琵琶湖疎水とつながっています。

濠川は、もとは豊臣秀吉築城の伏見城外堀です。








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薩摩藩の寺田屋騒動や坂本龍馬襲撃事件で知られる「寺田屋」。


当時はこのすぐ前を湊川が流れていて船着場がありました。
薩摩藩指定の船宿です。








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以前は「当時の姿をそのままに...」という紹介でしたが、
現在では、鳥羽伏見の戦で当時の建物は焼失したことが確認されています。
明治になってからの再建となります。

当時の建物はこの右隣りの現在お庭になってるところに建っていたとされます。








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観月橋から。

この宇治川を上流へ進めば宇治橋です。
会社とは反対方向になるのでここで終了しました。

最初は宇治橋経由で行くつもりだったのですが、
ここまで来た時点でバテバテなのであきらめました。



伏見 寺田屋とか 2018年 夏 (完)
それではまた。。。

最終更新:2018/07/18 07:01

2018/07/17 07:00

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昨日の大手筋商店街の南側です。
こちらは竜馬通り商店街呼ばれる小さな商店街通り。
寺田屋はすぐ近くにあります。








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神聖の山本本家直営「鳥せい」本店。
今ではかなりの伏見の人気店です。

手前は名水・白菊水を汲みに来ておられる人たち。
昨日の御香水と水脈は同じです。








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この辺りは酒蔵がいくつか固まってあって、
景観が保たれてるため観光の方も増えてきてます。








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右は月桂冠旧本社、正面は大倉家本宅です。
今は月桂冠が社名ですが、昭和62年以前は大倉酒造です。








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こちらは月桂冠大倉記念館。

むかし、研修でここで寝泊まりしたことがあります。



本日7月17日は祇園祭の山鉾巡行。
今年は祇園祭をまったく行ってません。
山鉾巡行も平日で行けないけど、大勢の人で賑わうのでしょうね。




伏見 鳥せいあたり 2018年 夏 (完)
それではまた。。。

最終更新:2018/07/17 07:01

2018/07/16 07:00

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藤森神社からさらに南に下がって、
こちらは御香宮神社。


古くから伏見の産土神であった御香宮。

秀吉の時代に入ると、伏見は伏見城の城下町となります。
秀吉は伏見城築城の際に城の鬼門除け守護神として、
御香宮を城内に移しています。
のち、徳川家康によって、再びもとの現在の地に戻されました。

幕末の鳥羽・伏見の戦いでは、薩摩藩を中心とする新政府軍が
本陣として使用しています。








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拝殿は「割拝殿(わりはいでん)」と呼ばれる少し変わった形式です。
建物の中央をくり抜いて土間にし、通り抜ける拝殿です。

牛車がそのまま入って玄関につける「車寄」に似てるため、
伏見城の御車寄であったという説もあります。

唐破風妻飾りの極彩色の彫刻が目を引きます。


こんなに大きくはないけど、鞍馬寺の由岐神社も割拝殿です。








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拝殿を抜けた先に本殿。

三韓征伐の神功皇后を主祭神とし、夫の仲哀天皇、子の応神天皇ほか六神を祀ります。
昨日載せた藤森神社は神功皇后による創建でしたね。








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平安時代に湧き出し、飲めばどんな病気も治ったと伝わる御香水。
「伏見七名水」のひとつで、環境省の名水百選に認定されています。

ちなみに湧き出したのは863年(貞観4年)9月9日だそうです。







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昨日の藤森神社の不二の水と同じく、
ここも絶えず水を汲みに来られてました。








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御香宮を出て大手筋通りを西へ進みます。

大手筋は、豊臣秀吉築城の伏見城大手門へ出入りするために作られた道です。
伏見城があったのはこの反対方向です。








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近鉄のガード下を通り、








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京阪の踏切の先は、






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大手筋商店街。
まだ開店時間前のお店が多いです。








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金魚のタペストリーが涼し気でした。



伏見 御香宮神社と大手筋商店街 2018年 夏 (完)
それではまた。。。

最終更新:2018/07/16 07:01

2018/07/15 07:00

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稲荷大社を出て伏見街道をさらに南下していきます。








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そして伏見深草にある藤森神社。

今から約1800年前に、神功皇后によって創建された皇室ともゆかりの深い古社。
神話の時代ですね。








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御神馬像。

現在の藤森神社は、馬と勝負事の神社として知られています。
毎年5月5日の藤森祭ではアクロバット的な駈馬神事が行われます。








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この手水鉢の下の台石は、宇治浮島にある十三重の塔の上より
五番目の石を石川五衛門がもち来たりし物と伝わる。と。








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拝殿。








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ここも夏越祓の茅の輪が設けられてました。








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本殿(中座)には主祭神である素盞嗚命(スサノヲノミコト)と、
別雷命・日本武命・応神天皇・神功皇后・武内宿禰・仁徳天皇が祀られています。

東殿・西殿もあります。








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紫陽花苑のアジサイがまだ少し残ってました。
色あせてきてるけど。








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鎌倉時代からすでに行われていた藤森祭は、
武者人形を飾る菖蒲の節句(端午の節句)の発祥の祭りといわれています。
当時から武者行列が有名であったと。








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ご神水の「不二の水」。

二つとないおいしい水という意味で、
武運長久・学問向上、勝運を授ける水として信仰されてます。

この日もぽつぽつと絶えることなく、この水を汲みに来られてました。
酒処・伏見は御香水や伏水など地下水に恵まれています。








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金太郎像。








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馬と勝負事といえば競馬ですね。

勝負は菖蒲とかけてある意味もあります。




藤森神社 2018年 夏 (完)
それではまた。。。

最終更新:2018/07/15 07:01

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