【楽天市場】Shopping is Entertainment! : インターネット最大級の通信販売、通販オンラインショッピングコミュニティ 店長の部屋Plus

お買い物部のプレゼントに移動します

2018/07/16 07:00

180712oote01


藤森神社からさらに南に下がって、
こちらは御香宮神社。


古くから伏見の産土神であった御香宮。

秀吉の時代に入ると、伏見は伏見城の城下町となります。
秀吉は伏見城築城の際に城の鬼門除け守護神として、
御香宮を城内に移しています。
のち、徳川家康によって、再びもとの現在の地に戻されました。

幕末の鳥羽・伏見の戦いでは、薩摩藩を中心とする新政府軍が
本陣として使用しています。








180712oote02


拝殿は「割拝殿(わりはいでん)」と呼ばれる少し変わった形式です。
建物の中央をくり抜いて土間にし、通り抜ける拝殿です。

牛車がそのまま入って玄関につける「車寄」に似てるため、
伏見城の御車寄であったという説もあります。

唐破風妻飾りの極彩色の彫刻が目を引きます。


こんなに大きくはないけど、鞍馬寺の由岐神社も割拝殿です。








180712oote03


拝殿を抜けた先に本殿。

三韓征伐の神功皇后を主祭神とし、夫の仲哀天皇、子の応神天皇ほか六神を祀ります。
昨日載せた藤森神社は神功皇后による創建でしたね。








180712oote04



平安時代に湧き出し、飲めばどんな病気も治ったと伝わる御香水。
「伏見七名水」のひとつで、環境省の名水百選に認定されています。

ちなみに湧き出したのは863年(貞観4年)9月9日だそうです。







180712oote05


昨日の藤森神社の不二の水と同じく、
ここも絶えず水を汲みに来られてました。








180712oote06


御香宮を出て大手筋通りを西へ進みます。

大手筋は、豊臣秀吉築城の伏見城大手門へ出入りするために作られた道です。
伏見城があったのはこの反対方向です。








180712oote07


近鉄のガード下を通り、








180712oote08


京阪の踏切の先は、






180712oote09


大手筋商店街。
まだ開店時間前のお店が多いです。








180712oote10




金魚のタペストリーが涼し気でした。



伏見 御香宮神社と大手筋商店街 2018年 夏 (完)
それではまた。。。

最終更新:2018/07/16 07:01

2018/07/15 07:00

180711huzinomori01


稲荷大社を出て伏見街道をさらに南下していきます。








180711huzinomori02


そして伏見深草にある藤森神社。

今から約1800年前に、神功皇后によって創建された皇室ともゆかりの深い古社。
神話の時代ですね。








180711huzinomori03



御神馬像。

現在の藤森神社は、馬と勝負事の神社として知られています。
毎年5月5日の藤森祭ではアクロバット的な駈馬神事が行われます。








180711huzinomori04


この手水鉢の下の台石は、宇治浮島にある十三重の塔の上より
五番目の石を石川五衛門がもち来たりし物と伝わる。と。








180711huzinomori05


拝殿。








180711huzinomori06


ここも夏越祓の茅の輪が設けられてました。








180711huzinomori07


本殿(中座)には主祭神である素盞嗚命(スサノヲノミコト)と、
別雷命・日本武命・応神天皇・神功皇后・武内宿禰・仁徳天皇が祀られています。

東殿・西殿もあります。








180711huzinomori08


紫陽花苑のアジサイがまだ少し残ってました。
色あせてきてるけど。








180711huzinomori09


鎌倉時代からすでに行われていた藤森祭は、
武者人形を飾る菖蒲の節句(端午の節句)の発祥の祭りといわれています。
当時から武者行列が有名であったと。








180711huzinomori10



ご神水の「不二の水」。

二つとないおいしい水という意味で、
武運長久・学問向上、勝運を授ける水として信仰されてます。

この日もぽつぽつと絶えることなく、この水を汲みに来られてました。
酒処・伏見は御香水や伏水など地下水に恵まれています。








180711huzinomori11


金太郎像。








180711huzinomori12



馬と勝負事といえば競馬ですね。

勝負は菖蒲とかけてある意味もあります。




藤森神社 2018年 夏 (完)
それではまた。。。

最終更新:2018/07/15 07:01

2018/07/14 07:00

180710inari1


東福寺を過ぎ伏見街道を南下してきて伏見稲荷へ。








180710inari2


こちらは裏参道。








180710inari3


JR稲荷駅。








180710inari4


こちらが表参道。








180710inari5


楼門。

伏見稲荷大社は、全国に約3万社あるといわれる稲荷社の総本宮です。








180710inari6


夏越の茅の輪が設けられてました。








180710inari7



茅の輪くぐり。








180710inari8



京都だけでないかもしれないけど、観光客が年々増えてきたこともあって、
神社やお寺はむかしとずいぶん変わってきてます。


個人的には一番様変わりしたと感じるのが、ここ伏見稲荷です。
今では考えられないけど、高校の時の部活の冬場は毎日ここお稲荷さんでトレーニングしてました。
授業が終わってから30~40人程で自転車でやってきて、
千本鳥居からよーいドンでスタートし、山を一周走って戻ってくる。
そのあと、腕立てやらスクワットやら筋トレしてたのです。






180710inari9


このあたりからスタートしてました。
この左横が広場のようになってて、そこで筋トレとかしてたんですけど、
今は立ち入り禁止になって、なにやら神聖な場所になってました。








180710inari92



冬場の平日、授業が終わってから毎日ここを皆で全速力で走ってたんですけど、
あの頃は自分ら以外にここで人を見かけることはほとんどありませんでした。

本殿にお参りに来られても、
この千本鳥居のところまで来る人は滅多にいませんでした。
来る理由がないのです。
そういう、人がまず来ない場所だから練習場として使ってたわけです。


四辻とか池のとことか懐かしいけど、
まだ宇治まで行かなければならないし、
体力温存でここから先へは進みませんでした。
もう、あの頃の体力はなくなってるし。



伏見稲荷 2018年 夏 (完)
それではまた。。。

最終更新:2018/07/14 07:01

2018/07/13 07:00

180709touhukuzi01


東寺から東へ移動して。
九条跨線橋から見る鴨川。








180709touhukuzi02


横を流れる鴨川運河。冷泉通から南下してきてる琵琶湖疎水です。

このまま伏見まで流れていき墨染発電所に入って、
その先は濠川となって宇治川へ注ぎます。
濠川は伏見十石舟や寺田屋の前を流れる川です。

濠川は、もとは豊臣秀吉築城の伏見城外堀です。
明治になってから疎水とつながっています。








180709touhukuzi03



東福寺の臥雲橋を通り抜けました。






180709touhukuzi04









180709touhukuzi05









180709touhukuzi06



この日は猛暑日だったので、
そろそろうだってきました。



東福寺 臥雲橋 2018年 夏 (完)
それではまた。。。

最終更新:2018/07/13 07:01

2018/07/12 07:00

180709touzi01


宇治へ向かう道中の続きです。
西本願寺から南へ進んで東寺。








180709touzi02


講堂。








180709touzi03


まだ朝早い時間ですが、
この日はがらくた市が行われてて、すでに賑わってます。








180709touzi04



蓮の花はまだ早い。
今頃はたくさん咲いてるのでしょうか。








180709touzi05



それでも下の方に隠れて、いくつか咲いてました。







180709touzi06






東寺 2018年 夏 (完)
それではまた。。。

最終更新:2018/07/12 07:01

ページ上部へ

カレンダー

2018年7月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

今月