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2017-04-27 18:00

イオンモール高岡同友会総会

グレンパークがイオンモール高岡にオープンして2年とちょっと。
最初の一年はなかなか苦戦したけど、2年目の伸び率がファッションで一番という事で店長が表彰された。
いやあ、これは嬉しかったなあ。大晦日も元旦も頑張ってくれるスタッフ全員の地道な努力が少しは報われた気がした。

沼田が同友会会長から畏まって賞状をもらう姿がとても嬉しくて。
前年度良くなかったからとか、売上はとても誇れるものではないとか、そんな事は分かっているけれど。
それでも一つ形に残ったのだ。
応援して下さったお客さまのおかげです。本当にありがとうございます!

有り難い事にイオンさんから何かスピーチして、という事で5分時間を貰った。
地元でもあるし店長からマイクを奪い笑、少し思うところをお話した。

高岡に当時最大級のイオンモールが出店すると聞いたのが2001年。
その頃ブルーコムブルーは地下街の1店舗。
せっかく軌道に乗って、真っ暗な先行きに微かな光が見えたと思っていた頃だった。
尻尾を巻いて逃げようと暫くくよくよしていたけど、ある夜子供たちの寝顔を見ながら覚悟を決めた。
ここで逃げ出したらダメだ。
地下街にもう1店舗出して、迎え討つ。
イオンの一週間前に新店を出す。
これは俺の桶狭間だ。
世間は誰も僕たちの事など知らない、全くのドンキホーテ。

そんなイオンモール高岡にご縁あって出店して、新しい未来の扉を開くことが出来た。
最初は少し価格帯を意識的に下げて迷走したけど、本来のブルーコムをやろうと決めてインポートブランドを投入してからグンと伸び始めた。
先入観を捨てて高価格帯にも果敢にチャレンジしている。
商売に奇策はない。あったとしても続かない。


アパレルの世界的な不調、というよりも人々がライフスタイルに求めるもの、ライフスタイルそのものの大きな急激な変化に小売業はついていけていない。
僕らはカラダ半分ネットに浸かっているので、変化には多少は敏感だ。
アパレルECが全体の10%として、例えコップの中の世界であったとしても変化は先に現れる。

3年後のことは予測できるかもしれないけど、10年後は全く分からない。
三木谷さんは3年かかると思うことは1年で、10年かかると思うことは3年で変わる、3分の1の法則と言った。
iPhoneが世に出て10年。僕はもうPCを持ち歩かなくなった。
現金を持たなくなり、ガソリンスタンドで給油することもなくなるんだろうか。
スマホって何?と子供達に聞かれる日も遠くないのかもしれない。

なーんて事を思いつきで喋ってたら10分以上になっていて同友会会長に叱られた笑。どうもすいません。
15年モールを支え続けた先人達のお陰で、今があると思う。
変わらなくてはならない事と変えてはいけない事。
考え続けているけど、未だによく分からない。
正解は一つではないだろうし、多様性を認める寛容こそが未来だと思っている。
あれ、なんの話だった?もうこの辺りで。また来週!笑

このお店で1週間以内に売れた人気アイテム

2017-04-01 18:00

TAMPICO
とにかく固いキャンバス地で、持ち手の作りもどこか洗練されてなくて、これどうなんだろう?
色だってなんか燻んだカラーばかり。
これがフランスのエスプリなのか?そもそもエスプリってなんだよ?笑


20年前に初めて取引先の隅っこで見つけたタンピコの第一印象。
正直言うと閃きもなかったし、半信半疑だった。本当にこれどうなんだろう?笑

でもお店ではよく売れた。
スモーキーな微妙な色合いが多くて、その違いをお客さまに見て欲しくて、ほぼ全色仕入れてた。
普通のお店ならせいぜい3色なんだろうけど、ブルーコムは8色展開。
当然お店はタンピコで埋まり、棚一面がスモーキーになってしまった。
スモーキーブルー笑。


時は流れて、時代はふた回りした。独立したての取引先社長がこのタンピコの復活に尽力した。
なるほどなあと思う。足元にこそ価値あるものは存在するのだ。
何もゼロイチだけが価値あることではない。温故知新。
埋もれていた古い価値あるものに光を当てる。
ほんの少し手を加えるだけで全く新しい価値を生むこともあるだろう。
それだって間違いなくイノベーションだ。

実は彼がタンピコの国内販売権を得て、スタートすると聞いた時に、僕は今さら?と正直思ってしまった。
だから、糸井重里さんがタンピコをとても気に入って全く新しい形で売れ始めて、少しだけショックを受けている。

仕事を任せる事が増えて、僕の唯一の取り柄だった目利きというか、嗅覚が消えてしまったのではないか。
そんなに大袈裟なことではないけど、足繁く展示会を回る日々を思い出させてくれた。

フランスのエスプリの意味はよく分からないけど、タンピコは使い込んでくたっとしていい感じになっていくそういうバッグ。
考えてみれば「良いものを長く」というブルーコムの考え方に最も近いブランドとも言える。

足元にこそ価値あるものはあり、日常の身近なところにこそ幸せはあるのだろう。


>>TAMPICO一覧

2017-03-27 18:00

屏風の写真
松田呉服店は昭和の始めまで、城端という山あいの美しい町で隆々と商売をしていた。
僕は10代目になるとその昔聞いた覚えがある。
昭和四年の大恐慌で一家は散り散りになったそうな。


満州へ飛び出して行ったものの身体を壊して内地に戻った祖父がばあちゃんと高岡という町で洋装店を始めたのが戦前のこと。
やがて祖父は幼い三人の子を残して結核で亡くなった。
大変だったのは想像がつく。
戦争に負けて日本中が大変だったのだ。
幼かった親父は子供心にいつか家族を、家庭というものを作りたいと思ったんだそうだ。


昭和41年師走、高岡ステーションデパート開業、モードまつだ開店。
27歳の親父と25歳のお袋が人生をかけて出店した。その年の春に僕は生まれている。
だから店の中で育ったようなもの、商売をするために生まれてきた笑。
42年のありがとうの写真


震災の前日に亡くなったばあちゃんの事はまた別の機会に書こうと思うけど、とにかく50年経って今日こうやって松田家が1人も欠ける事なく集まった。
孫七人に囲まれて親父とお袋はとても幸せそうだった。
「私達が居なくなっても、こうやって皆んなで集まってね」とお袋は涙ぐむ。
大丈夫だよ。家族皆で力を合わせれば、大抵のことは乗り越えられる。


温泉の食事の後はカラオケやった。
兄弟で夜空ノムコウ歌って、嫁三人は春一番、子供達はディズニーメドレー歌って。
いっつも歌うけど、今日の「家族になろうよ」はスペシャルだった笑。


親父が幼い頃願った家族のかたちは果たして出来たんだろうか。
決して豊かではなかっただろうけど、真面目で几帳面な親父と明るく前向きなお袋に僕たち三兄弟は真っ直ぐ育てて貰った。
そして僕らは同じように縁あって親になった。
どことなく顔が似ている小さないとこ達を見ていると命は繋がっているなあと実感するんだな。
会ったことはないけど、夢を追って満州へ渡った祖父の血は僕にも流れている。

子供たちはこれからそれぞれの世界へ旅立つ時が来るだろう。
でも君たちの帰ってくる場所はここにある事を忘れないで。

温泉の家族写真

2017-03-17 18:00

glenpark.jpg

かほくイオンにグレンパークを出して8年目の春。
当時、SCに出店するのは社内でも疑問視されていたと思う。
イオンに出すんですか?しかもかほく市ってどこですか?という感じだったし笑。

2009年は色んなことが落ち着き始めた時期だった。
創業から目標にしていた自社ビル建設が終わり、インターネット販売が伸び続けていて、
さあ次はどうする?というタイミング。
よく覚えてないけど、次の新しい挑戦をしてみたかったんだろう。

加減乗除で言うなら、とにかく足し算の時代だった。
当時ウィルスミスの幸せのちからっていう映画に感情移入していて、
劇中ある場面に出てくるサンフランシスコの地下鉄の駅を店名にした。
80年代のアメリカの家具を集めて、地下鉄の改札やポスターを再現して。

SCらしくない店を作ろうと意気込んでたけど、いきなり壁にぶつかる事になった。
見通しにくい壁をセンターに作ってあって、入口も狭くベビーカーで気軽に入れる雰囲気ではなかったのだ。

半年ほど低迷した後、思い切って壁をぶっ壊す事にした。
やるなら直ぐだ。それも一晩で。秀吉の一夜城作戦だ笑。
22時閉店とともに職人さんに入ってもらって、明け方には工事が終わった。
10時には何事もなかったように、広々とした明るいファサードでお客様をお迎えした。

嘘のような本当の話。その日から見違えるように入店数が伸びて、売れ始めた。
出入りの激しいイオンモールで継続できているのは贔屓にして下さるお客様と年末年始も頑張ってくれるスタッフのおかげ。

2年前に高岡イオンモール出店と同時に全面改装して、改札口はなくなった。
でもあの頃の思いは変わっていない。
カシミヤの在庫でいっぱいの自宅で途方に暮れていた31歳の情けなさ。
助けてくれた人たちの温かさ。
甘い見込みで大切な資金を失った自分への腹立たしさ。
ウィルスミス演じるクリスガードナーのようにホームレスにはならずに済んだけど、小さなプライドはズタボロだった。
それを忘れないようにしようと改札口を作ったのだ。

そんなかほくイオン、グレンパークは今日から期間限定で売場を2倍にしてお待ちしています!

glenpark2.jpg

2017-03-11 18:00

IMG_5615.JPG

家族は日夜iPhoneをいじってる私を訝しんでいる。
思いついたことをブログのネタに入力しているだけなんだけど笑。
全く脈絡なく書いておいて、それをストックしつつ思い出した時にまとめる感じ。


30代は名ばかりの会社を作って、ひと気のない小さな店で世間から無視されたような時代を悶々と過ごしていた。
それから少しずつ仕事や人脈が広がってやりたい事も多くなった時、社外の人たちの力を借りて色んなことに取り組んだ。
そうしなければなにも出来なかったから。
内装屋さん、不動産、パッケージ、広告、電気通信関連。多くの人たちに助けてもらって、何か思いつくと集合かけて。
勝手にチーム松田と呼んでいた笑。


元電通と元サイバーエージェントのU&Iターン組が面白い提案を持って来てくれた。
彼らは30代。いいよねえ。
夢とピュアな野心と漠然とした不安を抱えつつ。
ブルーコムブルーをメディア化しましょう!だって。
全然してよ、そんなの聞くまでもないよ笑。じゃんじゃんやって。


さてどうなるか。お楽しみですな。
久しぶりに新チーム結成やね笑。

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